おふしもと このもとはなほ 暗くして 涼しきことの
増さりゐる 古りし桜や 花の陰 射干玉の夜に
蜷の腸 か黒き闇に 聞こゆれば いたも妖しく
なきものを 天つ日いまだ 久方の 照りゐるさまは
いとまなき 日に聞こえしと 伝はゆる いにしへの歌
「浅緑 野辺の霞は つゝめども こぼれて匂ふ
はなざくらかな」に沁むるは 開くはな このもとに棲む
天のしたの ものにあらざる ものゝこゑ のちに数多が
萎草の 狂ひし女ろを 増さらせて かつも匂ふか
花細し 桜、このもと 木暗れの 木暗れ茂の
日の闇や 清きはかつも 畏しこきに 畏しこきものは
妖しきに 妖しきものは 禍津日の 神のごとしと
いにしへゆ 沁みられたるは ことはりと 流るゝ川の
面に散り なづさふ花を 掬びては またも掬びて
たゞ掬び 胸に棲みゐる 狂ひ女の なみたかなしき
ものなれば 花も人をも いし、はしや 清きはかつも
しこめきも しこめきとても 清きなむ 射干玉の闇
久方の 光あるゆゑ あらゆるて 高光る日は
玉かぎる 夕にうべなふ ものにして 暗れゆく春の
夕影に 解く紐もあり かはへにと たゞに花受く
あれのみなるも

たなすゑの花ひとひらを息嘯に染めて夕空にはぶらまくほし 匂えまくほし
いで覚めむ、春さりぬればあがうち深くうまいする萎草の女よ衣をぬきてむ






           ※ 浅緑野辺の霞はつつめどもこぼれて匂ふはなざくらかな 
                       詠み人知らず「新撰万葉集 巻上 5」

 

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