こゝといふ処も今といふ時もこゝではあれどこゝでなく今でありつゝ今でなし
世に一人なるわたくしはわたくしで在りわたくしで在り得ぬことはり
行くことで帰らるゝなば

あゝ熱い 背が指先がこめかみが
あが身に巣食ふ救ひとも統べらるゝまゝ滑りゆく総べてを掬ひ
血が湧けば涌くまゝに沸き魂が躍り踊りて 矛の潮たゞひとしづく
賜りて遍はされて授かりて継がれて継ぎて奉るおほいなるうづ

綿津見の底へと雪が降るごとく聳ゆる峰がわづかづゝなほも高まりゆくごとく
綻び咲きて散る花が朽ちて土へと成るごとく今もまた世に新しき産声響きゐるごとく
瞼またゝくこの刹那すらも留まることなどは叶はぬことはり
在ることで変はらるゝなば

あゝ聞こゆ 耳を塞げば
遥かなるとほき時より幾億の幾兆の日々越え来たる
しづく集ひて流れては滾りてまたも迸り逆巻きうねり流転しつ溢るゝ系譜とこしへの
風の歌とも地の下の水脈のこゑ 紫に染まる空へと満ち満つる馨の音色芳しく

伸ぶる稲穂は天めがけ伸びつ伸ぶれど稔るほど抗へぬまゝとほざかる確かなあはひ
熟るゝほど実はみづから落つるほか叶はぬまゝにとほざかる確かなあはひ
夜を焦がす火は盛れども盛るほどけぶりて霞みとほざかる確かなあはひ
どれほどに色濃く映ゆる夕虹を追へども追ふもとほざかる確かなあはひ
見ることで悟らるゝなば

あゝ奮ふ このちさき身を召し給へ
恒河沙、阿僧祇、那由他とはすなはち逡巡、須臾、瞬息
振るはるゝまゝ震ひては篩はれ奮ひ揮ひゆく濾され漉されつ越され超す
わたくしといふ証こそ捧ぐるまゝに召し給へ

祀るべきもの在るなべて 在るべきものは祀るもの 祀らむ為に祭りこそたゞ奉れ
千代八千代 玉串玉笹玉柏玉葛にて霊振りつ玉手玉纏く玉釧
玉垣のうち玉橋を渡りて玉器掲げつゝ玉響魂を委ぬるは玉主すなはち
一柱天之御中主八百万森羅万象すべからく
寿ぐことで呪も祝とし抱かるゝなば

あゝどうか いざ降り給へ依り給へ
あが目の盲ひ果つるまであが耳聾ひ絶ゆるまであが玉の緒の消ゆるまで
このわたくしはわたくしで在り得ぬことはり玉津島
けふこの日まで生かされて生かされ来たり天地に
賜り授かりゐるものを返さむ為のたゞひとつほかに有り得ぬ術なれば

神楽田楽催馬楽も夷振本岐歌神語酒楽の歌国思歌天田振国栖奏の歌宮人振
天語歌読歌も宇岐歌も久米歌さらに謡歌も召さるゝまゝに奏でゝはその調べとて
片下志都歌上歌志良宣歌召さるゝまゝに謌まむたゞ謌まむ謌まむ
言ふなれば地は歌垣とも 総べては無ゆゑ無は総べて
いざ召し給へ天よ この贄

見ゆるもの聞こゆるものももはやあらなく 斎きては祝の斎種あが身に宿さむ
わたくしをどうか娶らむ 八雲八重垣出雲にて生れたるしづく言霊の神


倭歌/長歌




















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