けふもまた過ぐる陽の熱
むらさきゆふたあゐにへと
染まる空
かつては衣でありゐしも
ほぐるゝ糸に崩れゆく
柔き毛を縒り糾ひて
編みたるものゝごと失する
とほきぬくもり

わたしくを産み給ひたるひとの影
ちさき手をとり引きし手も
負ひ給ひし背
こゑ
ゑがほ
いまだ忘れず覚えゐて
なれどいづくか違ひゐる
わたくしの園

わたくしを抱き給ひしひとの影
熱き腕も
頬ぬぐふ指先
にほひ
まなざしも
いまだ忘れず覚えゐて
なれどいづくか違ひゐる
わたくしの庭

なほ年は暮れゆくかぎり
陽は沈む
月廻りゆき
深まりてなほも深まる
ときの谷
橋などはそもあらざれば
ゆくほかもなき鄙の路
止まりしときと
止まりゐぬときの岸辺は
またとほく

きのふゆけふゆ霞みては
愛しくあざやぐ園に庭
憩へぬことはもとよりも
わかりゐれども
忘れじを

ほぐるゝ糸に崩ゆる象
ぬくき衣ほど糸惜しき
わたくしの胸ふかくある
とほき楽土に陽は沈みえじ

帰らむと思はず住むを願ひゐずなれど記憶はなほ記憶とて


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たそかれくをん