慕はしき樹に/旋頭歌



たれもたぬ見えざる空の北と南のあらばなれどあらぬ 冷たき雨の初夏

斜なりし月の光の底に隠沼のねむる 侵せざりしは小鬼の棲家

境界は風のみなるらむ そよぐまにまに風化して砂塵とならむたましひの檻

せめて何を得たければこそこにそをりぬれ 而しても凭るゝ椅子は偽らぬもの

たましひは惑うてこそと 移ろひあらばいづれにも触れ惑はずにあるとふことを

やじろべゑ、振るゝあはひはしづもりつゝも深まりぬ 光満つればさても哀しも

惑ひても愉楽はとほし あが手のうちの物差しを疑はむかな、惑うことなく

不遜とふことは知りをり 汚れゆくのは皆人もみづも違はず熟柿のごとく

呑みくだし難きはえ呑まじ 天高ければ海あをく世は世であれば、いづへも知らず

過ぐるたびこぼるゝものをそれと知らずか知りをるか 限りあるとは雪ゆぬくとし

行く先は決めざるまゝに旅ゆくかぎり ひと文字、ひと文字こそあが草枕

憩うても憩へぬものもなほありゐれば安寧を遠ざけまほしく思ふをはにかむ
   
問ふ者はあれに他なし、答ふる者もまたあれに他なし 昏き深海の淵ゆ

苦しみと呼ばるゝ愉楽は例ふるならば海峡と 真上だけ見て崩れたき日に

気忙しきは欲りすゆゑにて与はらるゝは光とも 苦難の縁取るみづいろは咲く

限らるゝ時に揺蕩ひつゝ爆ぜさうで爆ぜはせぬ水泡 かうしてひたすらの道

地続きはやさしきまやかし 拘束しあへばぬくとしくなほうとましく世界は廻る

数珠球はされど等しくひと粒なりて 縞瑪瑙、おまへが好む様こそ教へめ

風やめば世にふたつなき影を背に負ふ けふもなほ無数の辻を越えねばならぬ

理由など知らざれどなほ思ひ寄せたき樹のありて さてもな触れそ、見つむるがよし







BACK   NEXT