弦 -ito-/短歌

こゑなれどこゑにあらざる音 いまは水底ふかく沈みてゐたし

聞こゆれば聴きてしまへる世の音色 指すぼめつゝ被ふたなうら

深海はすなはち宇宙、幾千の波の届かぬ奈落 否...、否

潮流はあがうち絶えず往き往くに間なく太古の海鳴り 血潮

わたくしを無量の音に埋めゐる命 くをんの和琴・六弦

哀しみの国は哀しき王が統ぶ ぬくとしくあれ、昨夜の揺り籠

卑弥呼、卑弥呼 この畦道の彼方には海あるゆゑに訪はるゝ大陸

くれなゐにこはくも立つる爪 薫るいにしへに呼び醒まさるゝ夜叉

いにしへはとほくなれども歌ひとつ手繰りてふるゝ幾千の夜

越ゆるべき線なればこそ引くべけれ 冷たき指の爪とふ裂目

透くる絲織りあげ倦む指さきで手繰らまほしや 今宵の褥

それぞれに生くる力を蓄へつ たれ生きむとや、みづからを以て

中空に妙なる響き充つる刻 降り紛はむや、弁の幾多にも

風そよぎ、みづ滴ればおのづから三千世界は弦を爪弾く

無音なる音は満ち満つ 奏づるはこゑと呼ばるゝ至上の糸竹





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