ひとすぢの弧/長歌

てのうちのちさき器ゆ溢るゝは
今宵の風と
昨夜の海
来る朝の深き息
滴るやうにすぢ描き
しづくひとつぶ、ふたつぶと
空へと帰る

胸元の庭ゆ零れつ鎮もるは
遥かな樹海
地の涯ての砂丘
あるいは麦畑
さゞめくほどに密やかに
時を拒みつ拒まずに
微睡むやうに弧を描く

満つる形はすぢなりて
満つる形は弧でありて
上つ弓張り
時つ風
いでしほ散らば波の花
満ちゐるものゝ散りたらば
ちさき満ちゐるものあまた
散りて散り散る
綺羅のごと
なれど満ちゐる個の弧もて
満ちゐるおほきものとして
弧に弧を繋ぎ
ひとすぢのすぢをなさむと願へども
すぢはすぢにとえ満たざることばかりなむ

てのうちのちさき器と
てのうちのちさき器を
差し合はせ
封じられゐる中空に
あが熱をこそ注がめと
注ぎ注がば
海風が吹き寄するらむ
満ちたらば
陸からの風吹き寄するまへに世界は時を失す
ちさき極限
またおほき極限ゆゑに
止む風と波間と時と影法師
満つる世界に満つるすぢと弧

熱帯ぶる身の哀しみは潮目に群るゝ海鳥の羽ばたきに似て闇を知り得ぬ

風紋が崩えて生まるゝものも風紋 満つるとは崩え散ることゝ違へ得ぬもの















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