●23歳

    
                   
 月給ゆ贖ひ振舞ふ握り寿司。父はぼそりと「特上‘で’いゝ」と。 
                      
 お人形のやうにわたしを愛ほしむ年上のひと、焚き火を越えよ。

 固着されゐるとふ安堵、顔あげむ。社会参加と循環器医師に。

 馴染めない穏やかな風、まだ胸にあの押入れのラフレシアの香。

 求婚に「もう?」と戸惑ひつゝ打算。家を出らるゝ、働きゐらるゝ。

 エリートを産みたる母といふひとの瞳の奥に敵対のいろ。

 かつてほどの情熱はなし。父母に看破されゐて、また兄にすら。

 結納の日取り決まりて自問する。激しさだけが恋でなどなく。

 真夜中の玄関で兄、クロを抱き「おふくろ、骨髄難病になつた」

 治療不可・もちて五年の母。なれど出産不可に泣く親不孝。

 お揃ひの精密検査うけつゝも、彼女の命ゆわが身か、と自嘲。
      
 伏せられてまたも初めぬる隷属に解かるゝを乞ひ、解かれじを祈す。




           
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