北帰行/短歌


ゐぬきみがゝつて語りし海半ば駅また半ば、といふ堤防

あゆむなら南へゆかむ 身を揺られつゝゆくならば北を目指さむ

北帰行 帰るわけではあらねども怒れる波に探すみなもと

交はるか、別るゝものかは知らぬまゝこゝより広ごる地上の梯子

夜を翔る ぎやまん越しのこほるほど冷たき月に追はるゝまゝに

黒髪に月の光といふ霜が降る 残酷をひとつください

降るゝ地はわたくしを呼び給ふもの 終着駅はあとゞれほど、と

曲がるたび何をし捨つるものなるか とほき日に見し海へ、警笛

瑕ぐちを縫ふ糸のうへ なぞるやうに、なほ裂くやうに、ひた走る影

母の裡、ともにをちこち移ろひしぬくもりに似て シートに丸く

雨の夜はをさなに帰る 覗き込むみづたまりには母とゐる夢

夜の海 内なる波も抱きしまゝちひさくなりて眠る夢、見む

繋ぐ手の向かうで連なる手のやうに東は西と隣り合ふ 朝

終ひあればみな美しく 行き帰す鉄路にせめて寄せたきくちびる

堤防に寝転びて目を瞑りゐて、波に寝そべる記憶に揺るゝ

枕木はまだあたゝかい、みゝ添へて 毛細血管わたくしを聞く

仰向けに地へ凭るれば一面の空が堕ちくる 空に墜ちゆく

わたくしの息だけ響く世を絶やす轟音は世に静寂を呼ぶ

みづはゆく、風もまたゆく、忘れゆき甦りくる記憶 海流

ともにゐるほどに覚ゆる寂しさといふ罪 北の地をゆく河よ

恋文より絵葉書がいゝ あなたへとそれでも送るけふのわたくし

冷ましたいものなどはなく 過ぎし日の線路の軋みだけを忘れず

背中より海ひとつさき風は舞ふ 貨車に行き場を失くせしか、風

もうすこし潮を纏ひてゆきたしと 風よ、紙片を攫ひてゆかむ

海境へゆきたがる胸、後ろから「ゆきてはならぬ」とまた往く列車

渡る時は知らず渡りてしまふだらう まだ爪先が触れぬ濁流

帰り来て、また帰りゆく 故里はいづこでもあり、いづこでもなし

残りゐる時を刻める砂粒に幽けき息を くちびるにゑみ

風上は南 去りゆく夏、見つめ霧雨にたゞ濡らす前髪

昇るでも沈むでもなくいま、かつて 駅は鉄路の先にあるもの






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