心象万華鏡・130/旋頭歌


代謝する恐怖 明るい沼の底へと降り積もる震へをゆるくゆるく解いて

違ふ夏 削がれるやうに失ふしかないものたちがすべて消えればわたしは違ふ

届かない指先に似てけふにならないけふでした 雨が降る日の胸の水牢

濁る時も澄む時もある さうして廻るこの星と互ひ違ひに笑へればいゝ

穏やかな天秤傾ぎ、その瞬間に見えたのは世界 見えないものは境界

たゞ荒野、と思つてゐても見えないでゐたわたくしの荒野に昇る日だけ見つめて

耳たぶはまだ過ぎてゆく風と雨とを忘れない 欲しいのはたゞ走るといふこと

畏まつてしまへば解ける不安は不安ぢやなくしよう 春蘭秋菊、名もなき小花

見る色はあをより青く碧より濃く深くなほ熱くあるなら あした帰らう

添はせづらいものゝ名前は海に等しく こゝにある中庭のさき星は瞬く

地上へとこぼれた種子は哀しむだろう こぼれずにゐれば知らない破片であつても

ゆつくりと滅びの時を身籠るやうに風は吹き 世界のわたしよ、生まれておいで

燈台を築くこと、また灯しつゞけることは海 遥かなアミノ酸に抱かれて

逆風はこの身にふれて追ひ風になる 両腕でゆるく抱へた森羅万象

「わたくしの耳はロバ耳、さうぢやなければカバの耳」 自己陶酔は泣けないクラウン

華奢な首のボトルのやうに 流れるみづは海までの行進をしてゆく以外には

永遠の波打ち際はもうやさしさと思へずに 鳥は南をまた目懸け翔ぶ 

放熱の代償として あした世界に降る雨はほのかに煙るくらゐがいゝ、と

流れゝばすなはちみづに時であるならわたしくしはいつでも海にゆけるだらうに

古井戸を匿ふわけは水面にわたしが映るから だからわたしはみづうみへゆく

風は吹きまた風はやみ朝日は昇つて沈むもの このさゞ波に愛しさを知つて

悦びもなく哀しみもなく漂つてゐる藻なら何故だか知らない恐さすらも波と

真ん中がやはらかいまゝ固まつてゆくとほい日の傷口 冬はあたゝかな日々

夢はたゞ夢見るやうに見るものだから夢として 右手には鍬、左手に塩 

未来なんて誰にも判らないものだからけふだけを 日々を紡いだ数珠の彩り

ゆつくりと縁から沈みゆく悦びを欲しがつてしまふ それでもまだ眠れない

緩やかに吸ひこんだ熱まだ息づいてゐるのだろう けふのプラットホームは霧雨

蔓草はわづかな空地も見逃すことなく生ひ茂る あの温室の扉を閉めて

やはらかな孤独を抱いてまどろむやうに横たはる ほのかにぬくいこゝは水底

また冬が来ようとしてゐる中庭に立ち目を閉ぢる かすかに響いてゐるみづの音







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