心象万華鏡・131/短歌


海に降る雪なのだらう いくつ覚めていくつ息していくつ忘れて

陸封の魚よどうか泣かないで この箱庭に空と呼ぶまみづ

遇へてゐた幸運、あるいは裂かれゆく悲劇 冥府はこの世ではない

在るものが何か、を定め区分けするひとの習性 宇宙の境目

ゴミ山にひるがほの這ひ花は咲く 今宵付喪の神は覚むらむ

泥鰌には泥鰌の悲しみ、岩魚には岩魚の哀しみ それぞれに天

曼珠沙華咲く 初秋に溢したき狂乱ひとつ唇に秘む

緩るかに老ゆ 春よりも夏よりも秋に泣きたき光のあれば

中年の随道をゆく リップヴァンウィンクルひとつづつ季の過ぎて

二次元の虚飾は毛布 老い初めていまだ剥けないこころを残す

判りやすさに汚されながら誰よりも汚し続けた こころの右手を

立ち方を教はりもせず学びもせず 成熟それはムカデの気持ち

まだ学び足りない過ち 海峡の先の大地がかすかに見える

境界は境界として その先にそれでもいつてみたいと思ふ

真つ直ぐに立つて眺める世界には断層がある そんな気休め

一瞬にしばられてゐるをさなさを手放せなくて 霜柱そだて

理由なんてないから沈む 何となく、さういふ答へはいつだつて普遍

マウンドはいつでも孤独なものだらう 闇に隠れた空を信じて

走りたい思ひと走りたくはない思ひと そして観覧車、回れ

また何故と風に問はれて 沈黙に理由がいるとはもう思はない

指先をみづに浸して脱ぎ捨てたさつきの今に花はいらない

岸辺からはるか河口を夢に見る 河口が何処かも知らないくせに

渡つてゐない、なんて錯覚 いつだつて渡つてゐるから迷はなくていゝ

歩き方をふと確かめて 肯定は安心よりも痛みであろう

ぽつかりと途切れた時間の切れ端を捨てたいやうな持つてゐたいやうな

何処といふ場所は世界のうへにあるすべての場所、と たゞ光る海

万物は等しく周期を繰り返す 探してゐるのは持つてゐる鍵

今生のすべてが夢といふならば恥じいるよりも愛しい 流転

等しさは恐らく慈愛 草群は過ぎた夢想になほ深く繁る

果てといふ痛みと光を織りあげてうすく反射をしてゐる 黙示

過ぎてゆくものは等しい音を産む 海鳴りそして夜の高速

取り戻してゐるのは空に恥ぢいらず伸ばせる背筋 世界のひかり

履歴書に“みにくいアヒルの子”と書いて扉を開ける 南へ、南へ

灰色の鎌倉の海 極光はまだ見えてゐる、また見えてゐる

鳥たちは風に飛び込む魚たちは波に逆らふ 屈さない骨

草叢の手前の通り雨がゆきまた会へてゐる雲のゆく道

針ほどの痛みに滲むまばゆさに浮かぶ境目 いまする黙示

選ばうと思はなくても 夜に月が昇つて朝に日が射すやうに

永遠に会ふことのないわたくしの一部もわたくし 或はあるいは

祈るやうに捲るページがあるやうに たゞまなざしは違へることなく

逃げたくはないのだとして 古ぼけたコップに汲んだみづを手に抱く

生まれた日に入つた見えない檻を見る 見えてゐるから見てゐる、見てゐる

抱いてゐる空白どうかこの星に風吹やうに 帆になれたなら

ためらひの理由はきつと冬だから ポケットからの空までの距離

わたくしに遇ふため みづに、風に、火に、空に遇ふためなぞる曲線

たましひの故里としてある樹海へと帰るのだらうかゆくのだらうか

わたくしが抱きしめてゐるあをい鳥 いち羽、ふた羽と飛び、墜ち、還る

痛いから伝はるものゝはかなさを知つてゐるのに 地球は廻る

信じたい時代がそつと過ぎてゆき この大陸も島もやがては

うすもゝの爪いつの間に硬くなり 掘るといふことたゞ砂を掘る







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