心象万華鏡・129/仏足石歌


同じ雨に降られることはない地さへ繋がる輪廻
日々の転生、時の新生

まやかしの棲む温室の寝心地を忘れにゆかう
雨が愛しい、砂は狂ほしく

俗として生まれたくせに俗になりきれない不純
すなはち純真、あるいは喜劇

歩き方をやうやく知つた
野にあるといふ祝福にみどりごはゑむ、わらはめはゆく

編んでゆく巣のおほきさも知らぬまゝ蜘蛛の両目は
いのなほあけめやみ、とぢめやみ

気まぐれに伸ばしはしない
この腕の向かうにはたゞ千年の河、とほい草叢

赤潮の海がゆつくり満ちてきて
恐怖のまへに吐き出したい息、逸らしたい視線

わたくしといふ檻のなかわたくしがつくり続ける
おほきな檻と、ちひさな檻と

いま河は流れる 
そして統合と分裂はまた繰り返される、絶えることなく

さゝやかに宿した棘は刺すためのものではなくて
「Noli Me Tangere」 「eli,eli,lema sabachthani?」

わたくしの世界は世界のわたくしの裡に息づく
マクロの軌道、ミクロの連鎖

自転する時間は誰も知らなくて
振子がおこす波を目で追ふ、波を忘れる

悩ましいことたちは種
日常は細やかな目の篩のやうに、霧雨のやうに

幾重にも世界が纏ふやはらかなガーゼをまへに惑ふ
裂かうか、それとも巻かうか

真ん中にはひとつだけしか立てないと知つてはゐてもまた知らぬふり、
思ひ出すだけ

樹を宿し、樹に宿ること
日も月も廻れ廻れよ、もつと遠くへ、ずつと近くへ

雲があり土があること、淀んでも時は流れる
陸に吹く風、空からの雨

人の世の灰汁を抱へて成る言葉
胡蝶の夢であつたとしても、なかつたとしても

欲しいものがどれほどあつても使ふには時間がなくて
核(コア)の鳴動、覚醒は午後に

足元の土に手を添へ受けとめる
送られてくる幾億の夏、幾億の冬

一瞬が耐へられなくて爪を噛む
真正面にゐなくてもいゝのに、しやがんでいゝのに

そこでしか見えない景色を見るために
走りつゞけてゐたことを知つて、ゆくことが見える

とほくまで続く道なのだからある関所
考えないでちひさく越えて、おほきく進め

行先を定めるつもりは最初からあるはずもない
水嵩のまゝ、風上のまゝ

砂時計を背中あたりに感じながら
書架へと戻す本と、手にする本と さらさら

地上へと降り急ぐため大粒になつた雨だれ
「哀しくはない? 嬉しくはない?」

日向とはどういふ場所か知りもせず憧れるならすなはちは死、と
あるいは自失と

みづを掻く腕は疲れて
血流をとほくちかくに聞いてまどろみ、やがて目覚める

秘密から育ちはじめた芽は伸びる
地を這ふ蔦が雲をも覆ふ、天上をさす

ひとひらの狂気のさきにあるであらう海に焦がれてあなたは生きて、
わたしも生きる










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