心象万華鏡・128/今様歌


故里はなく野に生まれ
行き先もなく野に眠る
そんな慈愛の草原に
世界がひとつ在るといふ

それでも続く日々のうへ
境界線も変はるはず
境界線のうちがはも
それでも変はり続くはず   

呪縛と呼ばれる安心と
解放といふ寄る辺なさ
ぼくの扉はぼくが締め
ぼくが開いた解放区

手前でくゞもる胸の海
ちひさき慾に揺れ惑ひ
おほき願ひに揺れもせず
海の深きをあれ知らず

表の裏の真ん中で
表の表が好きと言ひ
表の裏は嫌と言ふ
老いとをさなの真ん中で

鏡のなかへ伸ばしても
届きはしない指先で
鏡をなぞり日は暮れる
一番近い最果てに 

待つてゐるのは風の日と
海鳴り響く雨の日と
道が明るい晴れの日と
ゆく気が育つ夜の闇

お菓子の家に雨よ降れ
砂糖の城に風よ吹け
魔女は誰より人らしく
魔女は魔女でも姫でもない

水辺にまあるくなつて寝て
まみづを纏ひ解く檻
ひとつでゐたのにゐられない
時代のとなりは常に皮膚

例へばそれは焼け野原
そのうへにすら雪は降る
いまだ漂ふ火の匂ひ
すなはち雪はみづとなれ

まへがあるからあるうしろ
世界の不文律の意味
植ゑつけられた誤りを
世界の不文律で問ふ

手すりも踏み切り板もなく
例へばそれは湧くよりも
分裂だらう、正しくは
増殖だらう、わたくしの

冷たい海と泥舟と
焚き火にかざすてのひらと
不条理こそが愉楽だと
揺れてもどつてまた揺れて

便利と呼ばれる麻酔薬
最初は躊躇するけれど
最後に忘れ物をして
麻酔ぢやなくなる麻酔薬

百分率で測るより
揺るぎないものだけなぞる
すべてゞたつたひとつある
揺らぐことない可能性

身動きできない訳なんて
動かないから、それだけで
動いてばかりの訳なんて
動きたいから、それだけで

最初に食べる好物と
最後に食べる好物と
食ひしん坊はまた迷ふ
迷へばどんどん冷めてゆく

月日のベルトコンベアは
まみづを運び火を運び
天と地上の工場で
忘却といふ熱でゆく

鏡のなかに映しこむ
輪郭線は鏡越し
境界線は鏡には
映らないまゝ日の暮れて

取替へ不能の選択は
百年計の観覧車
ゆくもかへるもないまゝに
廻らぬやうに廻りゆく 

シンメトリーの樹海では
嘘は本音の嘘ぢやなく
本音の嘘の嘘だから
わたしとわたしは騙しあふ

レーンが延びるサーキット
レーンしかないサーキット
走るしかない思ひ込み
架空のサーキットを壊せ

「足りない」だけしか知らなくて
「いっぱい」なんて知らなくて
風船割れた午後の空
少し輪郭濃くなつた
             
守りたいから怖くなる
生き残りたいから怖くなる
怖さが消えて消えるもの
何を消さうか、守らうか

いつかは叶ふ何となく
信じてゐますか本当に
現実感のないまゝに
いつかは叶ふ何となく

あつちがあゝならどうなのか
こつちがかうならなんとしよう
比べたところで虚しくて
競つたところで笑つちやう

遅れかゝつてゐる時計
同じと違ふの境界で
どちらでもありないまゝに
土へと刻む線の河

月蝕今宵知らずとも
まはればまはりまたも蝕
軌道と軌道の交はりを
巡り合はせて月満ちる

寒くはないと言ひ聞かせ
一重々々と脱ぐならば
いづれは廻り終はるもの
マッチを擦つても終はるもの

たゞ草叢に夢の跡
たゞ抜けるほどみづあをく
流れてゆけば会へるけど
流れるほどに遠ざかる


















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