心象万華鏡・127/短歌


まさりくるみづかさを秘め日を仰ぐ をんなも青田も天に従ふ

とほい日の夕陽はいまも沈まずにゐるのだ、と啼く眼窩へも風

叫びたい 受け継いだのは響かせるうつはとしての皮膚と言葉と

八月の朝の孤独を確かめる もうどれくらゐとほく来たのか

風やんで世界の音は盗まれる 散らして悔いた朝露ひとつ

朝といふ傲慢のうち発生と消滅を負ふ けふ、けふかぎり

浅瀬にはやさしさの檻 いつ降るか知らない雨にかつて恋して

裏側を負へる幸運 この胸の杜が迎へる熟れた月の出

遅くとも会へたのだから 幾筋もはしる彗星軌道のひとつを

そこが何処にあるか知らずにそこだけを ならばすべては滑走路だらう

壊さないやうに握つたやはらかいものゝ啼き声 まだある良心

眼差しに植ゑつけられた目盛 でも俯くといふ傲慢はある

理由なら月に喰はせた たゞ今は息が苦しくないといふだけ

熱帯の破片は抜けず ほがらかな哀しみに合ふ赤土の色

もう咲いてしまふのですか 梅雨晴の凌霄花とまた歳をとる

あなたとは違ふ愉しさ 隣り合ふ思ひをまたぐ淡い境界

汚れ方をひとは選べる ビー玉の転がるうちは転がればいゝ

つんのめるくらゐに安心できてゐた 真夏の前の晩夏の予感

魂はいにしへ譲りの産衣をいまだ脱げない 眠れよ眠れ

安眠に失はれゆく存在もありぬ 「うろしの正面だあれ」

可能性の葉は生ひ茂り 還れない未来植物園をゆくだけ

正しさを麻酔に生きる動物園 それでも東にしか向かはずに

この先へ あした朝陽が昇るならもつととほくに吹く風がある

嬉しさや喜び方はいまもまだ知らない 指の先の陽炎

原罪の重みをそれと手繰るなら不遜とはなに 真昼の朝顔

哀しみは透明 みづは涼やかで熱い時間の内圧を抱く

中洲だと思へてゐたのはかつて もし石だとしたら、みづだとしたら

足跡のない地表などないほどに みづに藻が湧くやうに、とことは

拒まれてゐるぬくもりは河 風の正面にゐて揺籠のなか

境界は安心として 爆弾と安眠毛布は地続きでした

ショーケースの中はどれほど熱かろう をさなさよりも見なかつた日々よ

風のゆく道のうへにゐて緩くゆるく腕をひらいた 最初からひとつ

坂道を登る途中に夏のゐし時代は過ぎぬ 八月の朝

ゆくことを疑はずゐるをさなさを失いかけてゐれども 真夏

二次元の戦争としか見られないこの眼の罪と幸 やじろべゑ

もう崩れさうに浸した角砂糖 明け方夢を見て泣きました

庇ひたい片隅に手をあてゝゐる 抱卵されてゆく近未来

こゝにゐることで伝はる熱帯に初めて触れて 泥こそが愛しい

砂浜で石を集める 最初から煌いてゐるものはまやかし

こゝまでといふ選択肢 樹海には絶えた芽はもう見えるはずなし

前のめりに小走りな秋 道のうへ猫はおほきく振り向いてゐる

幸運を幸運と知る瞬間に見えた景色を海にしづめて

見えなくてわたしは動く 灯台はずつとこちらを見てゐるだらう

粉を挽くやうに思ひは言葉へとなり変はりゆく 石臼の性

水門はたゞうすぐらい水面へと刻みつゞける 記憶への距離

新しい扉を扉として開く この先にゐる夕暮れを見に

理由ばかり知りたがるのが人といふ この哀しみが消えることはない

裏側の見えない月が月ならば 系譜は過去にのみ伸びるもの

八月は熟れやすくまた老いやすく 夕闇に何かを諦めた

鬼ならば鬼としてあれ 風やんで樹下の芋虫まだ揺れてゐる

雨風に沸く血ぞ はるかみなもとは南より来ぬ縄文系譜







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