心象万華鏡122/短歌


終点へ向かふのならばバスよりも、汽車より、路面電車で 海風

球体は美々しくて もう何処までも止まりたくない歪さを抱く

ガラス、この残酷 時に寄る辺ないものとして在る、穢れないもの

透明な蜃気楼たち ないものがあるのではなくあるものはない、と

分銅を載せて得られる納得に 爪先はもう石になり出す

あなたへの親和 同化は濁りなら、濁つた先の純度は限りなく

変はるのはぼくではなくてぼくの皮膚を覆ひ尽くしてゐるみづの嵩

太陽にあつかんべゑをする どうか泣かないで、もう一人のわたし

覚悟といふ重さぢやなくて、流転とか流離でもなく 海底に雪

言ひ換るのならば風化 湧いて浮き、弾ける泡が中空に舞ふ

目を醒ます視界にのけぞる 歓びの象は初夏を恐れるほどに

定まるといふ崩壊の起点から数へる すべて並みの仕業、と

境界が侵される 巡り逢ふたびにとほく感じる五月の迷路

嘴に咥へた枝で休息ができればそれで 北へも、南へも  

単眼視の世界のやうな泣き笑ひ 誰もがとほい花園を見る

前提は流離 さうして伏目がちに笑へるやうになつてをります

ひと粒を包むてのひら 押し当てる耳が同調しはじめる起源

この息が冷えきるまでの距離 たぶん世界は広い、残酷なほどに

風に靡けるくらゐの自由は信号で止まらず足踏みするくらゐ 鱗

最初から回遊魚 たゞ赦されて乞へるのならば土の隣に

その棚に詰めたい集合体にまだ名前が巧くつかない 午睡

横たはる、やさしい泉の畔へと 例へば終はることなき風紋

たゞ風に任せてとほく散らしたい体温 明日は笑へるだらう

ゴンドワナ 遇つて分かれる大陸と、月夜に熟れてしまふ言葉と

見ることはできないすべてに 欠落といふ偶然に満ちるのは、時

おほきさを嘆いた日々よ 遊星が吐息をひとつ洩らせば廻る

後頭部のうしろで砂がいつか舞ふ ねえ教へてよ、哀しいつてなに?

わたしにはこの目しかなく 痛いのにそれでも世界に境界はある

みづかさは水牢、そこで憩ひながら 空の昏さが好きなのだらうか

越えたからいまゝた胎児 生きてゐる輪廻の森に月華の満ち潮

たましひの振子が捲るページ けふ怖さがひとつ熔けて流れた

ひそやかに伸びる棘 まだ天も地も知らないくせに破壊は知つてゐる

まだ辛い大根おろしに「ごめんなさい」なんて思つた そんな傲慢

ふたゝびの通過儀礼は水底に沈殿してゐる泥の体温

外側の奥、内側は揺らぐもの 器が籠める蜃気楼、...ひと

東へは何処からも、また何処までも 止まればそこが西になるだけ

鬼だつた頃は世界がざらついてゐました ならば光はいらない

弾けさうなヨーヨー ずつと待つてゐた思ひの気圧にひらく天窓

欲しいのは花でもピストルでもなくて ぼくは右手と繋がつてゐる

さゝやかな独占欲のそのまゝに 両手で掬つたみづに浮く月

パン屑は喰はせるために撒いてゐた をさなさ、それは掛捨保険

辺境が辺境としてあるために 自嘲の森は繁らせて刈れ

飴玉はゆつくりゆつくりなめるもの 南風ならもつとゆつくり  

風 ほかに見つけられないこの胸を委ねる鏡にまた髪を解く

熱帯の破片は抜けず ほがらかな哀しみに合ふ赤土の色

もう咲いてしまふのですか 梅雨晴の凌霄花とまた歳をとる

べにしゞみはこの手を籠にして惑ふ いつでも鬼になれるといふのに

懐かしい痛み いつから霧雨が降りだしたのか気づけなかつた

地図にない国境線と知つた朝 どうかこの手よ、土だけを慕へ

島影が濃くなつてきて ゴンベッサ、いつかのおまへの眼がこゝにある







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