心象万華鏡・119/今様歌

愉しいことは難しく
寛ぐことも難しく
愉しむことの檻にゐて
寛ぐことの牢もゐる

最初のしづくは哀しくて
最後のしづくは寂しくて
雨が降ります人知れず
雨を降らせて人は散る

はじまる勇気は雲の色
おはる覚悟は海の色
空の色した戸惑ひと
光の色した諦観と

空の向かうに寄せる波
海の向かうにそよぐ風
こゝはこの今だけのこゝ
こゝもいつかはそこ、あそこ

屋根のうへゝと降ることゝ
屋根をしたから見ることゝ
逢ふと逢へるの真ん中で
逢へると逢ふをまた迷ふ

小川を越えて振り向くな
川を渡つて振り向かず
河を渡らうひと息に
海を越えようひたすらに

鬼と呼ぶには軟弱で
夜叉と呼ぶには怠慢で
魔女と双子の王女さま
聖にも邪にもなれぬ俗

第三世代と括らうか
第三種族と言ふべきか
遅れて来るのは波ばかり
後から往くからこそ波、と

天のしたにも天はある
地のうへにも地はある
遅れてゐても遅くなく
三番目でも後ぢやなく

論理あるいは感情か
論理あるいは感覚か
感情あるいは感覚か
捨てたい安心なら固着

昼と夜との真ん中に
漂流者あり、太古から
こゝとそことの境界に
密航者あり、固着から

破壊も愛と知つてゐて
わたしが棘を刺すわたし
厳格、それも愛として
わたしはわたしを踏みつける

河が流れる右側と
海がどよめく左側
みづの身体は不可分で
みづのこゝろは不可逆で

泣き止み方を身につけて
隣に風が吹きだした
堪へ方だけ知らなくて
隣の海が微睡んで

上陸をした哀しみを
負ふまゝ佇む、それが生
退行をする安らぎを
選ばぬ微熱、それも生

風の行方を知りたいか
大地の楔になればいゝ
海の向かうを知りたいか
みづの檻すら抱けばいゝ

胎児時代の海底と
嬰児時代の草原と
いつかゆく場所、生きる場所
いつもゐる場所、還る場所

あなたが動けばぼくもまた
ぼくを動かすのはあなた
ぼくが動けばあなたでも
あなたを動かすぼくだから

感情といふ三次元
条理もやはり三次元
残酷ですか、慈愛ですか
ハードルですか、地続きの

傷めることは傷むこと
だから傷めることを避け
つまりは傷むことを避け
さういふ独善なのでせう

空の鏡の放物線
土の木霊の屈折率
追ひかけられて、追ひかけて
ぼくはいつでもぼくひとり

上りつめたら最下段
下りつくせば最上段
あなたとわたし、きみとぼく
クラインの壺、抱いた距離

日常を汲む水甕は
汲むより早く洩れるもの
汲んでも汲んでも汲んだつて
汲みきれないといふ愉楽

東を目指して道を往く
東の東は西だけど
西は東である以上
西を目指さず道を往け

あつちもこつちも欲しいのは
駄々っ子時代の地層から
あつちもこつちも欲しがらない
老いる未来の地層へと

光の扉は闇の口
光は闇で闇は闇
喰らはれようか、喰らはうか
かはたれ時に鬼は棲む

喰らふからこそ鬼といふ
喰らはれるから鬼といふ
鬼と鬼との不可分に
戸惑ふ者もまた鬼、と

欲しいと言へない屈折が
捻じ曲げたのは目の高さ
欲しいと言はない厳格で
抉じ開けてゆく見えない目

夜泣きしてゐるをさな子の
正直ゆゑの角ひとつ
泣きたくはない俗人の
愚直さゆゑの牙ふたつ

鬼子がぐづる夢の苑
鬼子が見続けたい夢
だからいまでも鬼のまゝ
だからいつでも喰らはれる









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