心象万華鏡・116/長歌


眩ゆさの
なかにゐるほど忘れない
肌寒さから伸びてくる
記憶のメスが抉じ開ける
わたしとわたしとの境界
いつも一緒で離れない、
いつもわづかにずれてゐて一緒になれない、
誰よりも
わたしがすこし
歯痒くて、
恐くて、
羨ましくて、
もし最初も最後もなかつたら
会へただらうか
わたしはわたしに

一体感 あるからないといふのであれば地層には断裂があり、消えることもなく

最初からひとつであればひとつになれない 断裂に産み落とされた世界の選択




両膝を屈める先にあるといふ
知つていはゐても
意識などしないちひさな海原の
うへゆく風の通り道
くるぶし辺りが少しづゝ
水に浸つてゆくやうに
ゆつくり濡れてきてゐます
海のなかにも流れ込む
みづの流れがあるやうに
そこから先はひんやりとしてゐる風に
爪先が冷やされてゆく
波は時
わたしのうへに時の帯
わたしのしたに時の帯
南へゆかう
雨に会ひ
雨に別れてゆくために
北へもゆかう
雪に会ひ
雪に別れてゆくために
東に生まれて西をゆき
西に生まれて東へと向かふ思ひは
海原のなかだからゆく海流が
担ふ原初の意志に等しい

すでにもう慣れてしまつた視線の高さは哀しみ、と おほきくそしてちひさく、傷んで

わたしでは知ることのない世界を知つてゐるあなたが、ちひさくそしておほきく 日時計




被害者になりたい加害者
いつからか蓑虫ばかりが
降り向くと見えてしまへる寒がりのコゝロが
上目遣ひして空想してゐる
悲喜劇を
それはとつても哀しくて
だからとつても可笑しくて
そんな時間を集はせて
嘆息といふ糸で結ふ
あつたかいでせう
この蓑は
すかすかでせう
この蓑は
欲しがるものはないのではなくて
あるもの
あることに気づきたくないものだから
この眼を塞ぐ為にまた
糸を紡いでつくる蓑
ゆつくりもぐり篭もる蓑
眠れ、眠れよ、
ぼくたちはいまだメルヘン・ヒロインと
ヒーローたちを捨てられず
育つてしまつてゐるから、と
もしもあなたが言ふのなら
どうかマッチをひと擦り
さうして蓑に火を着けろ
例へばそれで黒こげに
ぼくなるかもしれなくたつて

見なければ“ない”と思へる強靭に なぜならぼくに影があるから




留まれない
たつたひとつの運命は
たぶんこれだけ
世界から
世界が流れてゆくはうを
眺めてゐても
眺めてはゐないのでせう
狭すぎる檻にはレーン
いつの間に
ぼくは素知らぬふりをして
早足なんてしてしまふ
さうして耳と目を塞ぎ
世界に設へられてゐる
ベルトコンベア
何処へ往く?
何処へ往かうか?
何処までが何処で
何処から何処なのか
知らうともせず
走るといふ脳内麻薬に酔ふまゝに
降りてゐたのに
もうずつと降りてゐるのに
乗つてゐて
だつて何処まで往つたつて
世界は世界
それならば
何を赦せばいゝだらう
何を赦したいのだらう
浮動の固定の波間の
プールで

ひとしづく カタチはあつてゞもなくてそれでもみづも、ぼくも廻れる




















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