心象万華鏡・115/短歌


安穏としてゐる証に 絵を描いてごらん、その絵の空は赤いか

春に身を証すか、あるいは隠せずに洩れてしまふか 地上の原色

一緒つて彗星軌道のやうなもの 遇へない方がむしろ・・・、あるいは

直列の激しさにまだ気後れをしてしまふ けふ、山があをくて

隙間から残響は来る、脈打つてゐるかのやうに 目頭の熱

肺胞に聴く虎落笛 暮れてゆく近代都市の影に混じり立つ

折目にはひとつの受容と拒絶とが寄り添ふ あすの夜は新月

深海を知らない皮膚が哀しがる いつか退行催眠を、どうか

半分といふ暗示から覚められずにゐられるならば 爪は噛まない

見渡した夕暮れ時の世界へと絵の具が滲むやうに 非情を

この胸に波打ち際を象つて黄沙が降りる 晴れない迷ひ

追憶は両手で包める迷路 この波形の涯は虚無なのだらう

蝶が舞ふカタチの良心 喉元は寄せくる潮のまゝに従ふ

丸まつてゆく傷み てのなかにまだ握つたまゝの貝釦、薄く

波打つて出口を探してゐる熱に息、吹きかけて 湿布の香り

泣くことは泣ける者に、と贈られた一瞬 ぼくのみづかさは増す

変はることに抗ふホメオスタシスに抗ふ 月は残酷に笑む

残酷はひとつの慈愛 けふ風がつよくやさしく吹いてゐました

琥珀よりかるい鼈甲 ほんたうの影には色があるやうでない

水紋は水底にしか映れずに 世界は底を壁と名付けた

うへ、そしてした 結局は海ならばつねに古代で、つねに未来、と

遅すぎて、また速過ぎてけふまでを備へた記憶 世界図書館

意思をもつ反逆すらも植ゑつけて 神の孤独の喜劇演出

すこしだけ季節に追ひつけないまゝの気後れ 風にごめんと告げて

とほい日に失くしてしまつた心臓を世界が返してくれた 西風

塞がれた知覚をそれと悟れずに うさぎの記憶が甦つた日

あたゝめてゐた企みはいち夜だけの逃避行 この暦を破く

てのひらに海を掬へば境界の向かうが映り込む さやうなら

みづかさがまた増えてゆく 宵闇の潮騒にたゞちひさく震へて

さゝやかな不安 海図を指先で辿つた先の景色が見える

さう例へば彗星よりも流星の痛みは深い 夏への預言

シナプスの奥に隠れてゐたヒロイン もうだいぢやうぶ、どうかおやすみ

風といふみづを満たせば懐かしい そして魚に焦がれる眷属 

持つてゐるといふことはもう消せなくて みづいろよりも白、喪失は

大陸と海のあひだに凪 ぼくの回転扉は廻り続ける

ほんのりと哀しいものゝひとつだ、と 軽い縦揺れ、この回顧録

海に背を向けて、陽射しに背を向けて たぶん時計の針からの脱走

あを、それは原初、みどりは恒常性 けふにはけふの“さらば”を飾らう

乗り遅れた春を見送る 電線のとほくとほくの海峡に雪

針葉樹 たゞ天だけを臨みたい傷みにいつか慣れるとしたら

Keep Out こゝから先はお互ひにやめておきませう 初夏なのに寒い

節制と我慢の違ひを明文化せよ 蔓草とトカゲの違ひも

わたし分のおほきさ あなたを許容した後の日々には雨が降るはず

流さずに、流されもせずに、水滴はまだ溢れない 陸橋のうへ

定まらないコゝロが落とす影のかたち あした世界は動いてゐるか

その名前が帯電してゐる引力に囚われてゐる ホモサピエンスは

置換せよ、譬へ不可逆だとしても 世界が謡ふ「とほりやんせ」聴く

別々に生まれた幸せ・不幸せ 言葉は太古いらなかつたのに

海流と気流のメビウス・リング さう、終はれないつて哀しみは、あを

固着だけが安心ならば 熔け合ふのは補完ではなく解放...、孤独










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