心象万華鏡・113/長歌


いつの日か語るだらうか
真相を
語るのならばどれほどの
覚悟あるいは忘却を
越えてだらうか
花冷えに
涙もろさを確かめる
いつかわたしを喰らふ鬼
いつかわたしに喰らはれる鬼は
春には鬼だらう
しかし冬には媼だらう
その日がいづれ来るならば
鬼でゐる身を
凝視する
北の異形は南には立たず

風やんでまだ還れない水面には厳然として境界 水平





誰よりも遅れて来るのは
 誰よりも自分、いつでも
 夢を見てゐないつもりで
 夢を見て
 最後の扉が開くまで
 絨毯を織る、ひたすらに
 みつしり生えた毛のせいで
 上手に隠れてしまふもの
 だからやさしい楽園は
 次第に熟れて爛れゆき
 甘い腐臭になほひとは楽園といふ夢を見る
 ならば破壊も愛だらう
 滅ぼすものは自らと
 その自らが浸る夢
 楽園ぢやなく
 断罪は擦り切れてゆく絨毯の毛足
 あるいはやはらかさ
 また免罪は擦り切れてしまつた絨毯
 擦り切れてゐても留める絨毯のカタチの理由
 天地の途中


 空をゆく魔法の絨毯、乗合の もう飛ばなくていゝんだよ、もう





往く当てのない日
世界は残酷で
だから程よく慈悲深い
見えてゐるのに見てゐない
視界の群れを歪ませて
解放感と憂鬱を
欲しがる者にくれるから
近過ぎちやえば苦しいし
遠過ぎちやえば虚しいし
結局、何が欲しいのと
訊かれることが一番の
恐怖だなんて言へなくて
濡れて歩けば
冷たいといふ確かさに少しだけ
溺れてゐられる
まみづの楽園

天上の傾斜あるいは屈折に叛くなら 南半球がいゝ





避けられない通過儀礼といふのなら
目を逸らさずに
ひとつづゝ石を積みたい
すべすべの亀の甲羅のやうな石
太古の海からやつて来た
あをい海亀
思慮深い眼が見据へた幾億の波とあぶくと、そして雪
世界が営むおほいなる輪廻を背負ひ
みづからも輪廻のうづを受け入れた
あをい海亀
その甲羅
世界はいつも生贄を欲しがる
世界はいつだつて犠牲者なんて望まずに
日の出が世界を遍いて
入日が世界を覆ひ尽くし
営み巡ることに似て
螺旋のうづを負つて
宿して

鼈甲の斑こそ曼荼羅 開闢のあの日のことを覚えてゐるか

閉蟄のあとに現れくるものが開闢 そして彗星軌道





異形だ、と
感じてしまへる傲慢と
異形と感じさせもせず
たゞ風がゆき
みづもゆき
日も月もゆく
縦糸と
一体どちらが罪深い
あるいは罰を負ふべきと
思つた
そして可笑しくて
糸は撚られて
また織られ
断たれて
合はされ
纏はれる
時間といふ名の縦糸に
綯ひ混ぜてゆくものは熱
それが横糸
さあぼくの異形を覆ひ装はせて
それで吐息が落ち着くのなら

永遠の綱引き、つまり独り相撲 世界が泣いてゐる気がします





切り取つた鏡の奥でしやがみ込む
過ぎてしまつたとほい日と
いつかはゆけるとほい日と
鏡と鏡の真ん中は
土埃舞ふ汗の時間
酸つぱい西日の氾濫に
くるぶし辺りが切なくて
忘れてしまつた爪先の記憶
こんなに揺れてゐて
こんなに息苦しくて、もう
見えないはずの日が見えて
見えないはずの日を見るか
ならば右手をそのまゝに
ゆつくり逸らす視線
方角

あることでなくなることを 世界樹は音も立てずに葉を繁らせる






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