心象万華鏡・112/旋頭歌

ジョーカーとババの関係 裁判官になれるのは世界にいつもたつたひとりだけ

理解者の公式 高価なフレグランスはいつだつて小振りで華奢な瓶の内側

無自覚に植ゑつけられてゐたファンタジー 見たことのない景色からあなたが見てゐる

ひとりゐれば... ゆつくり恋に溺れるやうに風上で鳴る草笛を聴いてゐる、こゝで

疚しさに理由があるならその足元の土へ訊け やさしさ、それは風の中の孤児

安心と呼ばれる暴力 かつて獣であつた身が忘れきれない十字架がある

残骸はせめてわづかな狂気のまゝに踏みにじる 痛さを痛いと感じてゐたい

降る時の景色はいつかこの肌に来る末期、否 いつかゆつくり閉ぢる天空

存在の証 忘れてしまはれるより冷酷なものは混濁 だからください

再会の記憶もとうに泡と弾けて曖昧はいつかの春と、いつかの春に

実感の扉のノブが指から伝ふ体温でぬくもるなんて たそかれかはたれ

眩しさに項垂れたいなら天空はるかを睨めばいゝ 自分が感じられなくなるまで

掴まえて欲しい、捉まえたい切望はいつだつて虹色 それは世界にない色

常識と呼ばれる普遍の錯覚 つまり天球はいまも半覚醒といふこと

水晶体、ぼくらはつねにレンズの向かうの残像を追ひかけてゐて あなたが見えない

見ることを知つてしまつたゝめ喪つた昂揚のマリオネットのやうに ぼくらは

求めたいロジック ひとはその存在の裏側に注射器と、無と、編み針を持つ

嬰児の眼が開く、世界は暗くも明るくもなく横たはる 風が止まつた

伸びてゆく喜びがあり、哀しみもある ぼくが持つ物差しといふ凶器だつてある

ヒトとして生まれたゞけで我が物顔ができるなら 鳩の怖さを知つてゐますか

無自覚は罪にして罰 今夜も月の裏側は誰も見えない、見ることはない

足元の大草原の風を聴きたい願望が迷子になつて 茫然自失

十字架を負つても負つてもまだ足りなくて、このこゑを身代はりとして捧げたいのに

脱いでゆく、この解放を欲しがれるのもこの耳が世界を聴けてゐるから 波よ

平行や等間隔に安心できる卑屈さを 北緯35℃に生まれて

てのひらで受け止められる熱帯 いつか記憶した地上の波が爪先に来る

ゼリーフィッシュ 大脳皮質にいまでも残る混沌は触れられたくないコロイドの過去

そのむかし明るい海で世界のいち部になりました だからいまでも半分のまゝです

細胞は分裂前をまだ忘れない 溶け合ふのは悦びよりも懐古なんだよ

いつの間に漂つてゐた 深海を往く海流が瞼を閉ぢた眼下に見える
                       







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