心象万華鏡・109/短歌



球体は原初あるいは終焉を象る 不完全な完全

やがて会ふ知らないわたし 瓶詰めにして仕舞ひたい約束は、春

まぎれもないひとつの支配 これだけの存在のもと旗を掲げて

固着することはやさしく、でも怖く 真の自由は放物線だ、と

獣道が藪に途絶えて 踏みしめて、踏み越してゆく無限の樹海

走りたいぼくはけふから西を見る てのなかにある背徳として

みづうみもいづれは海へ 大陸と呼ばれる孤島に続く追憶

南風いまだ知らない窓を閉め時間を止めた揺り籠 ひとは

足元がぬかるむならばぬかればいゝ それが大地であるといふなら

とほい日を下方置換し 後悔につかない助走のまゝの夕暮れ

あの頃はその身を削る鶴のやうに水上置換に陶酔もして

取捨といふ痛み 歴史はこの星が廻つて起きた遠心分離

境界をつくる不遜と境界をつくらぬ愚行 結晶沈降

コロイドの夢は遥かな毛布でも不可逆変化にけふ雹が降る

もし風が生まれる場所があるのなら境界 それが世界の意思で

秒針の怯えがすこしやはらいで 雲はおほきくもちひさくもなく

早足は独りの時にだけしたい 糸が撓んだ三月の曲線

太陽に安心をして、暗闇に安心もする うさぎなら耳

風を嗅ぐ癖、なくさない 街灯と月ならきつと月が哀しい

坂道は下り もうすぐこの夜が潤みはじめて、ひとつ“さよなら”

高層のビルの向かうで今まさに孵化するだらう 狂気はみづいろ

連鎖する世界 孤独な月でさへ夜のてのひらにあるといふこと

満たすのは他者ではなくて 影だとか鏡の中と頷き合ひたい

寂しさに育てゝもらつてゐたことは判つてゐます 大粒の雨

スイッチをひとつください ぬくもりの河に流れぬ水門の鍵を

寄りかゝるものがないから立ちつゞけた 赦されないつてラクチンだもの

赦すには足りない勇気 ジレンマを蓑に仕上げて蓑虫、猛る

赦さないことで赦してゐるエゴの産着は荊 わたしが怖くて

波がくる 予定通りに見る夢はギプスと羽根を負ふやじろべゑ

赤道の向かうが目掛ける冬がある ぬくもることに安住はしない

いつの間に羽化してゐたのか 殻越しに眺める世界はおもちやの世界 

この胸の隅つこあたりで降り積もる淡い危機感 生きてゐるから

空白を抱きしめられる幸福をさうと判れず嘆いた ごめん

約束や、嘘や、秘密や スカスカを埋め尽くすのは今あるスカスカ

ないならばないことが今、あるといふこと 喪失は喪失ぢやない

真ん中にある空白と端つこの余白 必然だとしたならば

毎日といふ薄紙を纏ひゆく もう帰れない場所のみづかさ

春といふ使命のまゝに頷いた 流れるよりも跨ぎたかつた

寂しさが寂しさとして判りづらい所為で 震へて千切れる弦はいま、まだ

乱反射してゐる世界 残像と残響だけに爪を立てたい

棘のやうにたゞ頻り降る春の雨 刺されゝば知る構へる愚かさ  

吐き出せてしまへるならば 理由はね、ないから思はせぶりをしてゐる

ロジックの鎖で固定する記憶 新月の夜に脱獄をせよ

欲しいのは水鉄砲と包帯と旧約聖書 明日の朝まで

見えてゐる色は仮初 真実は真実だから誰も知らない

義務感を希釈するため使命感をシリンダーへと吸はせて 眠れ

最初から違ふ直線 錯角と同位角とを証拠にしよう

嘘つきがコレクションする嘘の種類 部屋の空気が薄まつてゆく

まなざしのジグソーパズルをつくるのは壊したいから 向かう岸まで

水滴が完全すぎて 寂しさを感じられるなら平気なんだよ




BACK  NEXT