心象万華鏡・110/今様歌


一期一会といふ相対
一期一会といふ絶対
気づけばすつかりプチブルで
いつもいつでもプチブルで

「また」を疑ふ聡明と
「また」を信じる純真と
「また」を叶へる厳格と
「また」を仕舞へる潔癖と

水槽越しに覗き込む
流動的なうつし世を
水槽越しに眺めてね
断片的なうつろひを

止まつた時計の手前に、と
熱帯魚なら言ふでせう
止めた時計の真上に、と
回遊魚だと願ふでせう

音も言葉も聞こえない
音と言葉は聞かせない
震へるものが伝はつて
弾けるものを伝へます

地上で罹る高山病
世界が押してゐるわたし
わたしが押してゐる世界
地上で暮らす深海魚

触れてゐないと不安です
もぐらは土へ潜ればいゝ
触れられないと不安です
地上が深海だつたなら

あつてもないと感じます
なくてもないと感じても
あるからあると感じたい
ないからあると感じるし

浪費しながら生きてゐる
命を消費しながらも
消費しながら生きてゆく
命を浪費しないため 

地上の魚は懐かしむ
海にも咲いてゐた花を
地上の魚が訝しむ
海は何処だとゐるこゝを

季節が濃縮する世界
世界が濃縮する季節
呼ばれてゐます、太古から
招いてをります、未来だけ

波のしたにも川はある
星のうへにも雲はある
その物差しが測れない
あの物差しは測らない

完璧といふ不自然が
妬み続けてゐる気温
欠陥といふ天然が
呪ひ続けてゐる気圧

鳥に焦がれる種族には
生まれなかつた哀しさと
魚を忘れぬ種族へと
生まれてしまつた歯痒さと

また増えだした水嵩に
潜るか浮くか、沈黙を
漂ひ沈むか、暗黙で
また減りだした水圧に

なければないで育つもの
あればあるだけ阻むもの
あつても育ちゆくために
ないことをあるやうにして

修羅が潜めば鬼が出る
鬼を蹴散らし修羅が立つ
三面鏡を見るたびに
三面鏡から見るたびに

嬉しい時は寂しくて
寂しい時も寂しくて
好きだからかな、寂しさが
好きなのだらう、寂しさを

肌寒い日の鼻歌は
きれいに響くジンクスで
生暖かい日の音は
くゞもつてゐるセオリーで 

答へを出すのはラクだから
答へは出さない方がいゝ
引き伸ばしてゐるわけぢやなく
終はりたくないわけぢやなく

凍結したのは結果論
融解したのは方法論
プールいつぱい泳げたら
プールでいつぱい教はつた

知らないことを知らなくて
知りたくなかつたことを知る
知らないことを知つて来て
知りたくなつた知ることを

昼より夜を選びたい
みづかさが増す夜だから
夜より昼を選びたい
還らずゐられる昼だから

怖さを避けてゐるうちは
怖さを避けられないでせう
怖さを避けたく思ふなら
怖さを避けないことだけで

帰りたいけど帰れない
悲哀は海と呼びませう
往きたくないけど往くしかない
覚悟を風と呼びませう

無いやうである憎しみと
有るやうでない憎しみと
地面に立つてゐるけれど
地面に立つてはゐないこと

石と呼ばれる集合体
望んだはずはきつとなく
人と呼ばれる集合体
好んだはずもずつとなく

ゐるからこゝはこゝなのか
ゐるのはこゝがこゝだからか
雑草ひと茎、生えてゐて
人間ひとり、生えてゐて

あつちとそつちを定義せよ
あつちはそつちのそつちです
そつちはあつちのあつちです
そつちもあつちも提起せよ

何処から来たか知りたいか
何処へ往くのか知りたいか
往くから還る場所がある
来たから進む場所がある








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