心象万華鏡・105/長歌



この夜の向かうにきつと横たはる
沈黙、あるいは喧騒に
寄り添ふ、それとも遠ざかる
揺れるではなく
迷ふでも
惑ふでもなく
漂つてゐることがたゞ安心で
持て余したりしないのに
なにか足りない曖昧に
ゆつくり深く吐いてゆく息

足りなくて余る装飾音符のやうに小糠雨 匿つてゐた尾びれが覚める




海原はみづうみ
そして
みづうみはみづたまり
いま凝らす目に
水平線が泛かんだら選択しよう
破壊者か
それとも創造主になるか
地に臥せ
土に頬ずりができる視界で
伸ばす指
すぐそこにある水平線
でもそこにない水平線
それでも求め続けるか
それでは求める意味なんてないか
迷つて
迷はずに
こゝだけにある視界から
違ふ高さへ伝ふまなざし

躊躇ひは最初の一歩だけだからわざと考へないまゝ進め




絶望の深さに人は春を知り
また切望の激しさに人はおそらく秋を知る
求めて
望んで
願つても
叶はず冷えてゆく小石
重ね
積上げ
築いても
諦めきれずにまた崩れ
けれどもさうして老いるうち
あの絶望も切望も
感傷と知る
憧れと知つてしまへて
また春も
また秋も来て
この国に四季ある意味にやうやく届いて

走るのもいゝ、道草もいゝ 春の夕暮れはまだ夕暮れだから




この朝がたゞ穏やかで
「ごめんなさい」
朝が来るのを怖がつて
怯え続けるちひさな手
朝が来たのを
知ることもできずに渇いた肌のまゝ
宙を眺めるしづかな目
罪は奇跡を奇跡だと
気づかずにゐた
長い日々
罰は変はらずまた朝を迎へてしまふ
長い日々
ならば誤解を恐れずに
あへて言はうか
「ありがたう」
選択権が誰にすら
なかつたことを楯にする
つもりはないよ
だから言はうか

朝、それは小心者の祈りと懺悔に染まる空 罪だと言へない罪なのだけど




境界は
ひとすぢにしてふたすぢの
透明な線
境界は
ふたすぢだから境界で
接点ぢやない法則を
世界が産んだその日から
ぼくらは影を負ひました
夕陽が沈んでしまつても
月があるから
ぼくたちが闇を恐れてしまふから
影はいつでも傍にゐて
影はいつでもひと回り
おほきいやうに感じる、と
いふ錯覚も負ひながら
ぼくを余さず覆ひ尽くす
皮膚と呼ばれる境界と
世界のあひだに
小石を沈めて

ナハゞリに安心なんてもうできないよ やはらかくぼくを狂はす世界の水圧










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