心象万華鏡・99/旋頭歌


さゞ波を数へてゐられた従順でした 木枯らしに凭れてしまへる破滅思考は

確かさは体温なんて アナクロニズムはアナログの打楽器みたいなやさしい火照り

忘れたくないと思へる怖さは弱さの証 いまぼくをくるんでゆくオブラート

失はれてゆく純真と培はれてゆく強靭と 流転すなはち止まれないうづ

プルサーマル わたしはわたしを抱きしめ、抱きしめられながら自転してゆく遊星歯車

わたくしがわたくしで在ることを怠けてしまふ時 かすかにとほい、暖流をよぶ

錆び付いた初々しさが手招いてゐる胸騒ぎ もう陸橋は渡らないから

放たれて流れるならば奔流よりもせゝらぎでありたい これも新たな地平

暖流と寒流が遭ひ海鳥は知る 極限のあとのしゞまに発生はなる、と

幼さといふみづうみに毛布みたいな安全を沈めて いまは北が風下

境界で拒絶しようか、それとも触れてゐようかと かつては宙で揺れたブランコよ

すこしだけ濃い目に境界線を引きます、とほい日の警笛がすぐ傍で響いて

待つてゐた風の吹く日はたゞさりげなく 海峡の向かうを閉ぢた目で見つめたい

もしきのふ西風ではなく東風とか北風が吹いてゐたなら けふの確率

ぼくはぼくの上背くらゐ知つてゐるから、恥をかくゝらゐが丁度いゝ 冬木立

怖い時は世界がすべて怖くなるからてのひらをゆつくり開く 怖がつちやだめだ

日常に浮力はなくて、失くしたはずものはまだ失くせてゐない 時の体積

檻のない自由が好きで、でも檻のある安心が好きで 蓑虫、風を知らずに

適合はできないものではなく、しないもの 映り込むわたしを映しだす、境界面

ありふれたひとつの夜明け、たゞの夜明けもさうぢやない夜明けも けふは西風よ吹け

同化とは侵食し合ひ 波打ち際を越えたのは海でありまた陸でもある、と

陸封の魚 例へば哀しみといふ定義とか、愛しさといふ定義を埋めて

わたしからわたしへ残す負の遺産でも、やじろべゑ 分裂、それは増殖だから

端つこに古びた毛布とちひさなパイプ・イス たぶん、たつたひとりの壊せるわたし
 
元素記号Ca 彗星軌道のうへをリレーする有史以来の時間の結晶

最高のおもちゃ 決して留まりもせず感情は昼と夜との波間で笑ふ

食パンの今朝の革命 ポップアップのトースターに誓つて足元、疑つてやる

逃げることで追はれるならば 満月の夜に噛み締めたくちびるの血の味、知つてゐる

生き方が選べるなんて おとぎ話は本棚の奥でおやすみ、ずつとおやすみ

永遠の荒野に空があつたことさへ見ずにゐた 北緯35℃の極光






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