心象万華鏡・94/短歌


言ひ訳に託けて言ふ本音とか またとほくなる、春の小川が

さうとさへ知らずにならふ磁極とか秒針 羽根がくるくると散る

針穴の向かうに見える海があつて 世界はこんなに綺麗で残酷

寒流の涯には無限があるといふ 極光そして蜃気楼の空

哀しみをまるで托卵するやうに瞬く星よ せめて吐息を   

やはらかな息遣ひだ、と知つた日は世界をすこし嫉んだ 檸檬

偶像を棲まはせてゐる水槽に爪を立てます こゝがまんなか

続編はもう読まないと決めた たゞいつかは融ける氷があつて

編み棒が鈍く光つて真夜中は沈殿をする ひとつだけ咳を

きのふより軽く感じる頬杖と、濃いと感じる影 それでいゝ 

命なきものにも寿命があるやうに 逆光といふ綺羅の具現に

ひと言に宿る気温を確かめて もうどれくらゐ流れたか、河よ

気になつてゐるのは確率 喩へたら明日に遭へる椰子の実のこゑや

蛇口からこぼれてしまふ水滴の愉楽が判る さゝやかな熱

終焉と言ふよりお終ひ ぼくはまだぼくと共存しきれないから 

花びらの重さくらゐの疑ひをあたゝめてゆく 哀しい、・・・嬉しい

すれ違ふ 振り向くことを堪へたら脚を投げだすやうに泣かうか

猫脚の椅子に世界の涯を見る 折れ線、それはやさしさでした

小数点以下に連なる感情を覆つて砂は降る 冬の星

日常の先端あたりに挿す端子 ミュートの海で微睡みたくて   

カステラは酸つぱいもので、苦いもの ひと粒、残つた粗目と時計と

やるせなさの残滓と思ふ マニキュアで封印をした、あのやはらかさ

空耳を瓶詰めにして封をした けふがもうすぐきのふに帰る

恋心×中毒症×1/2=気侭 あるいは

執着が愛着といふ灰汁をだして煮崩れてゆく いつかの春に

北の海だから人魚は生を受けた こほりが熔けるみたいに喪失

温度計の目盛りに逆らふ皮膚がある ぼくの寒さはぼくが決めよう 

覆す為には覆すものが必要だから 永遠の荒野

緩やかに自閉したいと願ふ夜 霜が焦がれてしまふでもなく  

日常がひづんでリップ・ヴァン・ウィンクル ドライアイスの文字盤の夢

一ヶ月後の予定 例へば蛇口からいつものやうに水が流れる

真新しい白、日に灼けた薄茶色 いつでも「今」は今でゐられて

祈ります、祈れるといふ祝福に気付けた祝福 三千世界の

デキソコナヒ、さういふ慶び 南極が遥かとほくにゐてくれるから

雨が降れば雨の分だけ、万華鏡 広域地図の縮尺みたいに

隠せないほどの古瑕 干潮のあとに必ず満潮は来る 

仰ぎ見る空が変はらず空だから ごめんなさい、は言はないけれど

もし朝を疑ひもせずゐたとして どつちもきつと哀しく、嬉しく

夢なんてものより重い日常を指でなぞつて 足元に星

まだ痛いところがあるつて安心に今夜、眠らう そして、おはやう

人生のバックライトがつくりだす手暗がり まだ夜明け前です

地下茎が地面を覆ひつくすまへに風を刳り貫く 翼なき者

もう何も聴こえない いま血流の向かうに遥か暖流を聞け

隙間からこぼれてしまふ安息が温帯生まれの免罪符ならば 

いつも何か物足りなくて 寒がりの癖が抜けない傲慢な愛

例へばたゞ小鳥にパンを撒くやうな無邪気さはなく 後悔ひとつ

北国の荒波だとか、南国のどしや降りだとか 壊れたがりは

雨が窓を伝ふ 滝とふ非日常が見えないまゝでゐられてゐました

愛するつて、どういふ風に? どこかしら日陰になつてしまふ晴れの日

曖昧を葬つた空 秒針より分針だけを見てゐたかつた 
  




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