心象万華鏡・92/長歌

会つてゐて会つてはゐない
遭へてゐて遭へてはゐない世界から世界を探す
探さうといふ気はさほどないまゝに
探してゐるといふ気など気付きもせずに
この道はきのふ来た道
この道は明日もゆく道
日常は周回軌道をなぞるもの
人工衛星
みづからの食に見えないみづからがゐます、確かに
みづからの影で封じるみづからがゐます、確かに
逢へてゐる、確かに逢へてゐるけれど
永久に逢へないみづからも
永久にひとつになることはないみづからも
重力に従ひながら
重力に抗ひながら
重力はみづからにしてみづからでないことを知る
周回を重ね続けるトレース、螺旋の

永遠の振り子が刻むもの、連鎖 等しさなんて錯覚でした

克明な鏡は映す、見えないと呼ばれる非情、そして祝福



 そのまへに恐怖があつて
 そのあとに安眠がある
 安眠のために恐怖を駆逐する
 恐怖は駆逐されまいとなほも恐れを吐き散らし
 恐怖が恐怖するものはたぶん安眠
 南極にゐながら望む北極と
 北極にゐてひたすらに焦がれる南極
 両方を同時に得られることはなく
 ぼくらはつねに正と負で
 糸を紡いで
 縦糸と横糸といふ陰陽で
 機を織りゆく
 ねえ月よ、永久に遭へない太陽が恋しくないか?
 ねえ山よ、永久に会へない海底が憎くはないか?
 覗き込む鏡に映るぼくぢやないぼくの左が啼いてゐる
 左ではなく右です、と
 さうして右も啼いてゐる
 右ではなくて左だ、と
 ぼくの右手は永遠にぼくの右手に遭へなくて
 左も左に会へはしない
 悠かむかしは左手に出逢へなかつた右なのに
 左に会へぬと啼く右と
 右に会へぬと啼く左
 そんなむかしを忘れはて
 右に会へぬと啼く右と
 左に会へぬと啼く左
 北に逢へない北・南
 南に逢へない南・北
 だからぼくらに赤道が必要だつた
 さうでせう?
 裂かれてしまふ境界は
 触れられる場所
 ひとつではないから
 触れて触れられて
 裂かれて裂いて
 ひとつでは裂かれなくても触れられない
 だから磁石よ極点をなほ指し示せ
 赤道を跨ぎ潜つてぼくはまた
 北へと還る
 南を目指す

 殺されると思へるほどの恐怖を越えて、揺り籠でぬくもつてゆく 日常輪廻





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