心象万華鏡・86/旋頭歌


砂山の向かうを目指し掘つてゐるのはトンネルぢやなくて空だと 風を感じる

「ない」といふことが「ある」つていふことよりも「ある」といふ「ない」が「ある」つていふ名の喪失

ソーダ水の色の雨でも、炭の色した嵐でも このおほきさでわたしは受ける

出会へたね、そのまたとない重みを抱いてわたくしは織る 時といふ極彩色を

深海にゆかなくたつて信じ方なら知つてゐる みづがみづだといふくらゐには

恐怖−麻痺=自由だなんて嫌だよ 恐怖+恐怖=自由ならばいゝけど

ひゞ割れてゐたわけぢやなく 風の生まれる場所として水晶体は乱反射する

孵化をする間際の卵 緩くしづかに張り詰めてゆく昂揚が笑ふてのひら

怖いつて思へる安堵、この確かさが瑕ならば また夏に咲く紅葉葵よ

あの夏は迷子のやうにいまでも胸に寄せ返す 向日葵よ、もう風を聞いたか

向かひ風に吹かれて痛い皮膚があります 痛いからこそ強くなる皮膚があります

螺旋より生まれて螺旋を象るやうに立ち昇る蒸散 そして廻れる日まで

歪さの証としての海が太古を恋しがる わたしに歌つてあげるラゝバイ 

国境のない地図のうへ、ゆつくり撫でる指先が辿つた跡といふ国境線

燻つてゐる焚き火にはガソリンなんて無駄なもの ゆつくり雨が滲みゆくやうに

熱帯の土の匂ひがする笑ひごゑ聞いてゐた 偏西風よ、東にも吹け

海亀の泪のやうに産み落としたらかへるかは、波に委ねる 細胞分裂

抱へたい、さう無意識で焦がれた日々が薄らいで 減らせるわたしは焦がれを減らす

またすこし濃く際立つた輪郭といふ境界線 それも抱へて地球は廻る

叫ばない叫びの色はいつもみづいろ とほい日のガラスの欠片のやうに涼しい

閉ぢかけてゐた眼を凝らす それでも世界に色がある、匂ひもあつて、温度もあつて

境界といふ断層の深さ 麻酔を欲しがつてゐたのはもはやとほい日のこと

生命力、豊かなものにも不安はやつて来るわけで 夜よ、夜へと孵つてゆかう

バタ足はもうできるから浮き輪をはづす 成熟と引き換へにした純真よ、起て

さわさわと波立ちさうな臆病者に眠剤を 朝が夕日の底へと凝る

否定することは同化の扉なのだと またひとつ境界線を目の前にして

迂回路で迂回路なりの漂泊をして 順路では順路の熱と、天気予報と

さやうなら、思春期以上・成熟未満のシンボルよ 例へばチタンの針もつピアス

球体になりたいなんて思へた頃はラムネ味 まみづの味をもう知つてゐる

怖がりのカラダよ、どうか聞き逃さずに 透明な空に流れる音階を聞け







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