心象万華鏡・83/長歌


目覚めたらきつと世界は違ふつて
知つてゐるから刻み込む
枯れた香りにくるまれて
知らないうちについてゐたゝめ息の色
ひんやりと耳のうしろを撫でゝゆく風の金色
日向へとしやがんでゆるく閉ぢた目に見えたもゝ色

ゆつくりと眠たくなつて
ぼんやりと眠たくなくて
もう届く距離の扉はまだ見ない
見たら扉を開けるしかないからいまはまだ見ない
視界の端がまだ点で
だけど点ではもうなくて
覆はれてゆく
溶けてゆく
流れてもゆく
顕在と潜在といふ境界を
越えたいやうな
越えたくはまだないやうな
越えるときは
越えようなんて思はずに
越えてしまへるものだから
越えないまゝで、いまだけは

往つて戻つてまた往つて
だけど戻つて来ることはできない川の中州には
世界と世界の細胞としてあることが満ちてゐて
ぼくといふ名の影法師
地面に刻む日時計が
もうすぐひとつ進むまで
佇んでゐるぬくもりは愉楽、あるいは切望の
カタチをつくりなほ進む
同じ季節でありながら
同じではない季節から
同じではない季節へと
伝ふせゝらぎ、子守唄

眠つちやいけない
眠らうよ
眠つちやいけない
眠らうよ
また繰りかへし繰りかへし
刻まれてゆく歌ごゑに
ぼくはもうすぐ扉を開ける


さやうなら また、なんてない渓流を流れ流れて冬眠時刻








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