心象万華鏡・82/短歌


もうゐない人の横がほ やはらかく宙をすべつて時間は冷える

突つ伏して見た白昼夢 割り算の余りが繁る草原が啼く

つきたくてつけない嘘がゆつくりと風化してゆく ちぎれた余白

数ミリの極限を抱く、ひとすぢに 原生林を呼ぶ脊髄の夜

幾千の拍動は川 牛乳の瓶をつゝんだ両手の祈り

極北の彼方の向かうにあるものを見てみたがつたをさなさ 砕ける

指先に残るアラビア糊の膜 守れば攻めてしまひさうだから

燥いだらあふれてしまひさう そして赦されたくて纏ふ拘束

瞑想といふほどぢやなく ラグランジェ・ポイントだけを探す漂泊

やはらかく積もり続ける焦燥を射抜く逆光 吹雪が見える

境界を定めて沈みゆく夕陽 きのふといふ日に裁かれてゐる

寒冷地のひとのほゝゑみ 目を閉ぢて息のカタチを睫毛はなぞる

濃い色のアクリル絵の具を塗り重ね消してゆく日々 わたしに「ごめん」

中途半端な哀しみとして ほんのりとくゞもる湯気のなかの茫漠

動かない振り子がひとつまだ胸の底で眠つてゐる 夕凪に

雨だれを宿す前髪 すこしづゝ巡つてぼくは未来へと還る

結び目が硬いとふこと 寂しさはぬくもりを知る証だとして

力点の哀しみなんて知らなくてゐられた時代 とほくの滝に

真つ直ぐといふ暴論を抱きながらしやがみこみたいぼくの屈折

したゝかなもゝ色 果てなき服従を負はされてまた、弱虫のフリ

見たことのない原風景 たましひがあかく、あかあく染まりたがるがら

ニンゲンの可能性的悲哀 まだ見たことのない景色、探して

ひと注しで戦闘モードになる ぼくは装ふことで匿ふ、...ぼくを

昂揚でつなぐ世界のすみつこに麻袋ひとつ 闇色、淹れて

硫酸の海、塞き止めるテトラポット あなたが一番痛いといふのに

ありもしない思ひ出ばかり募らせて閉ぢたシャッター あの通学路の

折れ線のグラフに淡い紫のグラデーションを重ねて 午睡

もう一度くぢらが陸へ泳がうとしてゐる とほい氷河のうへを

ビー玉を弾丸にして撃つた銃 ぼくはぼくすら砕けさうにない

か弱げな仔羊たちを縊りつゝ 
the sixth Deadly Sin

コリオリの力の支配 ねえ、きみがそのうちにぼくになる日が来るね

無機を抱く有機を剥いて引く線が夕焼けを見る メタリック・カラー

言質とふ拘束、むしろ確かさは冷ためがいゝ けさ初氷

南風が追ひ越してゆく わたくしが忘れたがつた風紋と棘

森とほく ニンゲンといふ密林の魔境を去つてしまつた、始祖は

閉めるより開けたくはない二重窓の間の箱とシュレディンガーの猫

行状の記録の帯の断片を握りつぶして 飼ひ犬の自由

ぼくといふぼくの気配が永遠に脅かすぼく 愛が怖いよ

揺れてゐる世界あるいは揺れてゐるわたし ゆつくり宇宙よ、停まれ

夏の日のプールの底や石畳や トレースされる日々は鈎針

きんきらの鯱ひとつ脳髄の海で「気をつけっ!」 ぼくの隷属

溢れさうな海を抱へて 沈黙といふ霧雨の揺り籠にゐる

ゼロよりはマイナスがいゝ、無いよりもそれでもあつてくれる 交差点

こゝよりはもう早い秋 天空の糸車へと引き寄せられて

背後から吹きぬいてゆく風 爪を弾いてゐれば未来が見える

プラスチックのコップとふ名の虚しさがある 海峡は一次元のまゝ

空虚さを測る物差し 喩へたら氷が解ける速度みたいで

青碧 ぬるいくらゐのあつたかさが滲んだとほい日の舟、わたし

わたくしのジレンマひとつ、解析し さうね、ゆふべも淹れたミルクティ

ぺらぺらの包装紙へと閉ぢ込めた情熱 いまも朽ちてゆきます







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