心象万華鏡・80/短歌


去ることを躊躇ふ夏に 両腕の中へ嵐を追ひ込んでゆく

可愛げなくちばしはない 吹く風に逆らへさうなこの鼻濁音

岸に着くまへに砕けた波たちにごめんね、なんて 血の味がする

日常はすなはち濁流 上澄みを掬へたとして、そしてどうする?

わたくしの命綱ならか細くていゝと思つた 夜は灰色

低気圧 立ちはだかつてゐるものは雨音よりもわたくしらしい

台風に慰められる割れガラス 痛いつていふ安心、少しの

ニンゲンは砕けられない やはらかな曲線にまた途方に暮れて

ちひさ目に膨らましたい風船もあつたつていゝ パンドラの箱

来たといふ事実だけが鍵 果てしない樹海よもつと果てしなくなれ

止まらない川 永遠の檻で生きいづれは果てる天空よ、咲け

秒針が絶えず廻つて やつて来る未来を赦す勇気、ください

王様の欠片をいつか呑みこんでしまつた子ども みじめに汚れて

虚しさは煮凝りみたいに半透明 わたしがわたしを越えられなくて

喪失といふ分銅をたましひに載せてゐる また秋はこつそり

燃える火のカタチのやうに 音速の領域として滲む呟き

わたくしの底のはうから呼んでゐるこゑ もうとほい嘘が凍える

幸福を具象する丘陵地から発つ鳥 さうね、それも優しさ

すみつこの風はわたしと変はらない温度 まあるく眠りたいのに

懐かしさにちひさく眠るわたくしは種 森といふ真理のひとつに

名前など知らなくていゝ この星に数へきれないほど道がある

音のある世界 両手のシェルターでやさしい海へ匿はれてゆく

象れば何が置き換へられるのか知りたかつたのだらう ...blank

forbidden color ぼくにはぼくだけの色彩がある、例へば紫  /ユカリ 

遥かなるレスボス島といふ原初 をんなは言葉で世界とまぐはふ

水銀の表面張力 衝動の鍵穴深く愚者は寝そべる

忘れない 蒸散をする粘膜に言へないぼくがゞなりたかつた

天空をひと息に裂く 東から、西から見えた社会はでべそ

分裂と融合をするさゝやきと 叩き折りたい正邪の物差し

安心の中毒 マッチの擦り方を知らなくたつて凍死できない

ひと口に無限の罪を噛み締めて 幸運、それは祝ふべき罰

実感と呼ばれる麻酔 喰らふほどスカスカになる獏が見てゐる

偏見と先入観の真ん中に立つ道標 ゼロになれない

拾はない勇気が拾へないまゝで呼吸してゐる わたしの偽善

ぼくたちの親近感のメーターの針が傾いで やさしい手錠

盥には昨夜のみづが音もなく震へて 時は裏切らないから

たましひの個体識別マーク もうぼくらは季節を忘れてしまつた

わたくしに頷いてみる 真夜中に素足で割れたガラスを蹴らう

観客と河馬のお面をくりかへし換へる 夕陽はあんなにとほい

燐光が手招くものは終焉とかつて信じた 原初の花よ

永遠に叶はぬ握手の代はりだ、と抱きしめてゐる わたしが、わたしを

この星も循環するから 呼び覚ます未来の記憶は回転扉

このいまの結晶として たゞ歌に謡はせられてゐるだけの傀儡

海底にやめない雪が今も降る デラシネなんて夢にさよなら

綱のない舫綱だけ携へて 小動物が流浪する都市

民族といふより種族 移りゆく様を歴史が追ひかけて来る

汚されるより汚したい わたし流・愉しみ方は冒涜の愛

長すぎた夜を背中の裂目から拒む さうして無数の墓標

ぼくたちが負ふ等しさのひとつ この命はずつと蛍を羨む

こゝといふ夜があること 流刑者にも垣間見られる地上の波間が










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