心象万華鏡・74/短歌

胸腔にドライアイスの煙 もう傷さだなんて感じないもの

裏切りを裏切りとして見るといふエゴの抜け殻 けふ熱帯夜

さわさわと危機にそよいでゆく産毛 毛皮がないと無防備なのね

爪先が痺れたまゝで 断罪といふ日常があるといふこと

それは滝 雨に覆はれゆく夜にひとは等しく何かを捨てる

境界といふ名の壁はひと重ではなく均等なふた重 真空

見たかつた海は海から見た海で 一箇所にしか立てない哀しみ

まだ残る微熱よゆつくり冷めてゆけ そして新たな微熱よおこれ

土と風・海・川・光・闇深く横たはつたら朝は血の色

草叢を掻き分けた先 たましひはちひさな錘、抱つこしたがる

それぞれの海の瓶詰め おそろひの時化を宿して、照らせカンテラ

ゆふだちの天を見据ゑる赤い花 凛々しい女を知つてをります 

子どもとふ残酷 神は神としてあること以外、選べなかつた

確かめる 人とふ名前のあなたとふわたしの禁忌、変らぬ禁忌

感情といふ乾電池 ぼくたちがへたくそなのは止まることです

金色がくすまないやう笑ひます 花にまみれたわたしも、天に

なだらかな坂道でした この空に匿つてゐるひそかな狂気

藤色は夜と朝の途中 いま確かに死んでゆくものがある 

月光といふ確信犯 ゆつくりと睫毛を伏せて、わたしを鎮める

新品のガーゼを風に翳します 消えたい時にする儀式として

ポケットに砂を仕舞つてまた捨てゝ 全部ぢやないつて哀しいのです

後れ毛が揺れてゐるやう 星空のもつと向かうが深くて、...深い

水鏡 理由なんかは知らなくていゝつて思ふ、独り言だけ

また巡る九月の涯に漂つてゐる 始まりは銀色の雨

インディアン・ペーパー折れて とほい日の罪状ひとつ持て余してる

茫漠の野に立つてゐる 狂熱といふ弱さゝへ風に預けて

ひとしづく、生まれたんだね わたくしの中の沙漠がちひさく、溢れる

染まり易い空の一日、暮れてゆき 退行をするくるぶしがある

垂直の寂しさだとか痛みとか なぞるくらゐに立てゝゐる爪

すこしだけ淀んだ時間の底にある温度のやうに 象嵌の皮膚

白よりもあはい黄色に装つてゐるやるせなさ 嗽をしよう

喩へればバニラと思ふ 夏の夜に童女のかほした毒婦を志願

空耳に呼ばれる真昼に立ち尽くす 苦痛つていふほゝゑみよ、咲け

零れさうな露を宿した草の葉に懺悔してゐる 止まるな、時間

薄曇の午後の匂ひは大陸の果てを伝へる 違ふ今たち

ビー玉がちひさく欠けてほつとして 噛んだ指先、痛くてよかつた

電話帳にぽつり零れたひとしづく 我的佰萬天天菜館

エゴイスティコ、いつかは食べにゆく予感 海馬は昨夜、眠り始めた

ホビーショップ夢・途中には屈託なく笑ふ子ばかり 蓑虫の蓑

憧れは壊れやすいからぶつ壊せ ランジェリーショップふくだの庇

菓子喫茶かながわ新聞社 どうして老いも成長とは言へないのか

足元の影はサイケで、教会とギャラリーくらくら、、美といふ狂気

プレハブ施工会社木ハウス アジアにはこの今でさへ雨が降ります

エンゼルスイミングスクール 流氷に恋してゐました、思春期の頃

呼んでゐた、呼ばれてもゐた 綾取りといすゞ質屋にひらく蓮華坐

隠居屋といふつり船と仙境と 横断歩道は大股でゆけ

警笛の空耳だけを響かせる身体 違ふよ、鬼さんこちら

日常の海を漂流する者は空へと話し掛ける 椰子の実

永遠の螺旋階段 みづよりも風よりもつと巡れ、存在

けふといふこゝ、こゝといふけふ いつか未来の過去にまた会ひませう








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