心象万華鏡・71/短歌


スカスカをたゞ埋めたくて ぴつちりと折り目のついたハンカチはいや

哀しみといふ名の透明水彩の絵の具 あの日が綯ひ交ぜられる

浄化するものならひとつ持つてゐる 美化されてゆく過去の流域

落雷に浮かびあがつた横がほの向かうに見えた永遠 崩壊

極限は純度の高い混沌と知つたあの日よ 古代魚時代

うたゝ寝の夢とふ裂傷 手繰つてもゝう手繰れないあなたのこゑと

過去、それは酸つぱい色したまがひもの 地面に近いけふのひゞ割れ

やるせないくらゐに青い星を手にくるんでゐます 切り取つた熱

下草の奥で吐息を殺しながらしやがむ記憶と、降りだした雨

体温の曖昧すぎる塊が沈下して けふ夏が来ました

真ん中の辺りを押さへ耐へてゐた 明日は明日の伽藍堂でも

きのふまでの全力疾走 滑稽なくらゐでいゝつて思へたならば

支点とふ痛みがあつて、力点は無限の涙を湛へて 大河

複写せよ 例題といふ錯覚を散り散りにして立つてゐるこゝ

全部とは虚無なのですね 吹き寄せる風に向かつて叫びたかつた

いまもまだ答へ合はせのうづの中 空と海とが分かれた日から

密やかな情熱として 墜ちてゆく無限の闇の底の安眠

真つ白なページは黄ばむ、人知れず 予言者だつたあの日が散らばる

琥珀より淡く濁つた黄水晶 壊れやすさに雲母、砕いて

あなたとは違ふ生き物なのですね 飛行機雲が真つ直ぐ、...真つ直ぐ

あんなにも緩みたがつた涙腺が依怙地になつて 糸杉の森

鮮やかな口紅の色 線路へと咲いてしまつた野花は赤く

夏の音 まだ忘れない鼓膜からとほい地鳴りが響いて、幻聴

こんなにもあをい季節に受けた生 まだ馴染めない、わたしがわたしに

またひとつ何かゞ乖離したあとの静寂 そして去つてゆくけふ

やはらかく湿つた風が呼び覚ます水辺の記憶 もう帰れない

無骨さを残したまゝのとほい目にまた置き去りになる 青田波

残照がもうすぐ消える刹那あのこゑが聞こえて 迷路にひとり

青きものを孕み育む青きもの 一緒に流れてゆけるのですね

直線のレール、すなはち不条理がかたんかたんと軋んで 空よ

ひと塊のドライアイスが消えてゆく速度 不埒なをさなさなんて

余白へと満ちて来る熱 静脈のあをさが少し濃くなりました

不可侵な場所を減らしてわたくしの影は伸びゆく みづいろが好き

交差点、点滅をする人影に冷えてしまつた指と、吐息と

止む雨の名残惜しさと、降る雨の憂鬱 けふも斑なまゝで

約束は遥かな嘘の味がした もう草笛の葉が判らない

南方の香り、湛へて まだ書いてゐないページは月光の色

天上のエスカレーター 水銀になじめずにゐる血が寒がつて

ひとひらを剥ぎ落としゆく生ならば透明がいゝ 檸檬が痛い

ラムネ壜、そんなに空へ帰りたい? 虹になれないあの乱反射

背反は小指の爪の重さです また脊髄は南天を指す

ゆつくりと闇に溺れるやさしさで逸らすまなざし 水面に波紋

瞬きを忘れた瞳 降るやうに沈むぬくもり、手繰り続けて

てのひらに永遠といふ園 きのふわたしの熱をひとつ壊した

抉られる、その瞬間の蒸気とかざらつく闇に 音叉は証す

運河から聞こえる過去はほろ苦く 知らないうちに抜け出した檻

確かさは音符と休符の中間にある もう一度、ふり返る海

か細すぎる先端といふ象徴のおくに紺碧 そんなジレンマ

道端の土ぼこりとふやさしさよ、今でも待つてゐてくれますか?

高いたかい入道雲の揺り籠に手を振る意味があるといふこと








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