心象万華鏡・67/旋頭歌


廻れ廻れ、北に根ざしつ南を懸くるたましひよ、雪ひとひらのごとく 重みを

永遠の砂嵐だけ鼓膜のおくで啼いてゐる 北側に向く窓、はめ殺し

狂熱といふ幼さが知らないうちに抜けてゐて やさしかつたよ、けふまでの日々

流動は固着あるいは波動へ進む 流動は流動のまゝ流動をする

くびすぢにひとつの冬が積もつてゐます てのひらで春を幾つも包んでゐるのに

寄生する記憶の蓑は時がとまつてゐる 寄生される宿主は時に流れる

過ぎた日を螺鈿みたいに散りばめてまた植ゑつける肌だけが知る時空の歪み

レーズンが嫌ひだつたよ 血の味なんて知らなくて良かつた時代はとほい日のこと

ルミノール反応、あをく 生体といふ現実がわたしに世界をたゞ汚させる

燐光をいづれは放てわたくしの骨 会ひたくてだけど会へないわたくしの中

ひと言の小石を沈め凪いでゐる海 両腕で抱へる入江一帯の漏電

無防備な裸眼は割れたガラスばかりを映し出す もう旅客機はゐてくれないね

空へ伸びる廊下は最初からなかつたと知つた夜 檸檬の重みが愛ほしかつた

日常の羅列のなかで類似項だけ乱雑に並ぶ ゆつくりなるチアノーゼ

蓮華座でほゝゑむ羅刹 世界すべてを負ふヒトがヒトだから知るN極、S極

河はゆく そこにひとつの轢断といふ傷みさへ譬へあつてもなほ河はゆく

何よりも哀しいものが力点ならば何よりも切ないものは作用点 月

永遠のロジックの海 マリンスノーが降るたびに溺れてそして濾過されてゆく

真つ白なテーブルクロスにわざとこぼしたひとしづく そんな略字を綴る、あなたに

確かめてゐるのは肌がいまも仄かに纏ふもの 夏の手前の六月の雨

凛々しさの奥の幼さ ギヌンガガップを宿すまゝ登る階段、人は誰でも

線路際 途切れた視界に白昼夢だけ手繰らうとする暴君のちびすけがゐる

わたくしのなか、横たはる湿地帯にも風が吹く 涙がまるいビー玉になつた

てのひらにかつては土偶だつた欠片がひとつある をんなとふ名のとこしへの檻

風はやむ なんどもなぞつた生態系のすみつこに捨てゝはいけない記憶がこぼれる

愛しさは足掻いた汗の重さとおなじ 指先がこの瞬間は朝を知つてる

あと少しで透けられさうな接着剤のやるせなさ あの氷河期を覚えてゐます

待つてゐたものは夕立 ぼくの隣にゐるはずのぼくがゐさうにない気がしたから

階段を初めて左足から登つた けふ、ほんのひとつの自由を抱つこしてゐる

みづがみづであるやうみづがみづを産むやうわたくしがわたくしであるやうにあれゝば




















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