心象万華鏡・66/短歌


表面のなめらかさだけ忘れない狂気があつて 卵爆弾

曲線と呼ばれる永遠 点でしかゐられないつて笑へる気がする

追跡をしてゐた ぼくのきずぐちにやさしい雨のやうなそよ風

逃げたいと思つてゐるよ、何からは判らないけど 廻る秒針

わたくしといふ流域に星が降る 堆くなれ、没百年後

滲みゆく群青 鬩ぎ合つてゐるわたくし型の静寂を見る

割り算が割り切れるとふ傷みとか、余る苦しみ 夏・アスファルト

また増えて来てゐる小人 キャラメルの残りを数へてくちびる噛んで

だけどもう逆さにできないビー玉が 残酷すぎる夜明けに ぱりん

わたくしはわたくしを防ぎわたくしはわたくしを妨げる 風の夜

あの夏を有効射程距離外にした夏のぼく 鍵を閉めよう

作り置きできない熱をぶちまける 線路と駅は続いてゐるのに

記入欄を閉ぢ込めてゐる線 北のうみでは夜光虫が生まれる

溶けかけたアイスクリーム けふ空と海の境を固定しました

つけなかつた嘘ひとつ分 ポケットでくちやくちやになる切符のやうに

忘れたくないものとして けふ一番最初に枯れてしまふ双葉を

降りだした雨、ひとしづく うづといふ機械仕掛けの時はちくたく

消せさうにない染みを抱き東から昇る三日月 ぼくの影だけ

すかすかの不安をほぐす 存在は例へばトランクスなのだらう

ひゞ割れた皮をやたらと乱暴に剥いた種 また未来が歪む

錯覚は永遠といふ冷たさでわたくしを抱く 珊瑚の森で

けふひとつ満ちた潮の背に乗つて凪に眠つた ブラウスの襟

不器用な運針の跡 生きてゐるだけなのにぼくは、ぼくをばら撒く

紙で切れた指の痛みを思ひ出す 有機が産んだ無機も有機で

直訳のやうに安心できたなら 古生代から引き継いだ罪

長いこと仮死してゐました 見たいのは太陽なのか、月なのだらうか

いち面の焼け野原にも雪は降る さうして繭はすこし切ない

いつだつて時から溢れでたこゑを浴びてゐる 環を結ぶ熱たち

手で隠す薄茶色した傷 あした閉ぢ込めてゐた風を逃がさう

ぼくはまだ安全弁を信じたい 夜明けの時刻の空はむらさき

選択肢の密林のなか できるだけ気化しますやう、わたしの気配

真夜中に失くしてしまつたものたちを数へるなんて 覗いた鏡

この今もとほくにはゐる流氷になぐさめられて ちひさな咳が

さゝやきのやうな号令 ぼくがまだ放棄をしないぼくに「ありがと」

海原を残らず汲んだバケツ この爪のさきにも系譜はあつて

たくさんの青を集めたレンズ もしけふが明日を産めるためになるなら

放熱の意味、蒸散の理由 あのをさなさが薄紫のまゝ

あへて見ない次回予告が肺胞で結晶になる くぢらの愉楽

湿り気がまだやはらかい夜でした 月のうさぎよ、待たせてごめん

去つてゆく陽射し 世界が終はる日に体温計を壊せたらいゝ

くるぶしのあたりまでもう液化して ちつちやくちつちやく弾けてみようか

幽界の門なのだらう またひとつぼくから剥離させてゐるもの

慕情より思慕だと思ふ この部屋にゆつくり満ちてゆく西日みたいな

トランプのタワーに息を吹きかける 頷いてからほどいた靴紐

ニンゲンはすぐへこたれるゴムバンド 何度でも乗るシーソーだらう

最果てを宿したまゝの子宮です もうおかへりは言はなくてもいゝ

ほんのりと甘いアラビア糊の匂ひ ゆるんだ地盤に手を添へてゐる

爪先でどれほど立つても意味なんてない さやうなら、慢性退行

一本の線を延々辿る ねえ、それでも星は地球から見て

植物だつた記憶を持つてゐないとふ罪は罰だ、と 折れた鉛筆











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