心象万華鏡・64/短歌


ひとくちに言ふならこれは厭世観 硝子の海はみづうみの色

懐かしい微熱と痛み 魂が被つた埃、払つて拭つて

Tenha um ano bom! 雪に囁いた 降り積もりゆく昨日の骨灰

不器用な優しさばかり満ちてゐる 山の向かうの痛みの海に

穏やかに一日が暮れ、軋むべきものがないとふ軋み、微かに

これほどに穏やかさだけ抱きつゝ会へてゐる今 哀しき河が

砂に立つ それは梯子のてつぺんに一番とほく一番近い、と

脳内に迷宮がある 拡散といふ膨張は哀しき綿飴

まだ像は結べてゐない かうやつていつも古代の迷子になつて

太古、火にヒトが見たもの まんまるにした背中から主張をされて

自虐とふ若さに果てはないだらう さあ蓑虫よ、痛みに笑へ

従順が背反により醗酵を続けたすゑのパンはひと塊

影のない光があるとしたならば 無といふ有があるといふこと

月曜がこんなに優しい日もあつてけふはコートを着ませんでした

線のうち、線の外 なぜ世界には直線めいた破線ばかりが

瑕ぐちを庇つて、そして掻き毟る ぼくはボクとの距離がとれない

生まれたての淡いみどりの色 ぼくは空を挟んで太古に続く

一日を一日として過ごせたといふ安心とため息と 点

わたくしのものではもはやない 灼けた岩が蕩けるアカリが綺麗

また川を渡る時刻が来たのだらう 殻の欠片がひとひら、飛んだ

水温が肌へとなじむ時間差に遡行してゆく そんな成熟

あをにあかを、あるいはあかにあをゝでは同じむらさきも別のむらさき

動きだす こゝといふ名の大陸がこの今でさへしてゐる胎動

キミドリといふ保護色を隠し持つ絵本の人魚 凝視できない

はじけずに染まつてしまつた彩の果てにはきつと 原初の茜

渡れない横断歩道のあつちでは違ふ風、吹く リンパの磁石

戻れない子猫の時間 全力で狭い野原の先を目掛けろ

水平を望んだ梢が負ふものと、塗りつぶせないマークシートと

生きてゐる言葉と、生きてゐるぼくは好きなカタチで手が繋ぎたい

理科室の匂ひだ ぼくがぼくに塗る修正液は十二文字分

寝そべつた地面に吸収されてゆくわたし もうすぐ満潮時刻

吐き出した呼気がまあるく転がつて 世界がひとつぶ、こぼした涙

儀礼的なさりげなさとふ砂粒が指から落ちる 何も見えない

わたくしとあなたの境 さゞ波が寄せて返してそして干あがる

膝の裏にちびた生命力がまたゐるといふこと 交差点から

不可知論 けふみづうみが透明で爪の先からこほつてゆきたい

論ふことを数へて眠る夜 痛がつてゆく深爪、かすかに

締めるだけ締めた止血の痕だけが判つてくれる 雨が降ります

生存を立証あるいは主張する襟 遊園地のライトが消えた

石鹸のかをりとふ名のまがひもの 地球人とはコロニー移民

わたくしを一日分だけ抹消せよ ミクロコスモス・混沌のうづに

創られた潔癖神話の足元で汚し続ける あなたの匂ひ

わたくしの身代はりとしてみづはまた濁つて 指で砂に描く川

忘れられた野生 例へば世界へと雪降るやうに封をしてゐる

あをぞらに白を連ねる 爽やかと言へば哀しい<、んな敗北

濡れてゐる重みのまゝに伸ばすもの ご都合主義は甘いトローチ

意思を持つタンパク質よ 失つた毛皮がいまも恋しくないか

うづに湧き、隆起する泡 とほい日の淤能碁呂島を懐かしむだけ

片側はいつまでも影 三次元世界の罪はじんわり熱い

頑なゝ氷砂糖の真ん中で膝を抱へて 南半球







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