心象万華鏡・60/短歌

踏ん張つて踏ん張りすぎて足元が急にぬかるみ 溶けちやえ、アイス

皮膚よりも息の温度で判るから 見えない檻といふ角砂糖

自由とふ怖さがあつて 端つこがそれでも離せないビート板

何となく突つくだけのスライムに反応をする血球がゐる

喩へれば鼻風船と 哀しみはカッコ悪くてカッコいゝかも

駆け込んで間に合はなかつた電車 もうあしたの朝が大気圏外

ひとりだけ盛り上がつてもとらんぽりん ビルの谷間の風はやまない

へによへによはメタリックシルバー 夕暮れに気づいてしまつた、しまつたんだよ

片つぽの靴、アスファルトに不貞寝して 帰れないつてことが自死する

辿り着いて、そしてそれから? いつだつてぼくは扉を開けてへによへによ

クローズド・フォビュアの海が抱へ込む自家中毒が覚えられない

やはな身を匿ふ先の空洞は無限の宇宙 そして押入れ

育つたら揺り籠なんてないのにね 臆病者のメビウス・リング

広い場所が好きです 狭い場所が好きなんです 好きのナイフにざばざば

ぼくたちが隠し持つてる蛸壺を安堵とふ名の狂気が凝視

印画紙はふよふよとした不定形 現像液のコトバよ、尖れ

ジングルがシャワーみたいに 初夏の夜、失くした鰓と鰭が目覚めた

なだらかな丘陵地帯 下草に潜らせた手はまだ開かない

ビル風といふより冷気 襟足にか細いまでの銀色の雨が

てのひらの窪みのやうな陽射し また磨崖仏へと頷いてみる

理不尽な消臭剤の残り香に弾きたくなる鍵盤 真昼

こゝにゐて見えない月の裏側に吹いてゐる風、頬が知つてる

ほろ苦いしづくが辿る手の甲がもうすぐ川になるから 夏で

毒薬をわざわざ甘く仕上げます もう天気雨、いつちやつたんだよ

独りだよ 始発電車の隅つこにわたくしだけのアジト、つくらう

電極のこの一瞬のスパークに生まれたあの日のわたしと会へた

好意とふものゝ重さを分胴で測つてそして 霜の降る夜

さゝくれた反骨だけをての底に握つてゐられる安心 トローチ

熱病のやうな渦だと くるぶしをまだ登れない卑屈さがゐて

ゆつくりと観音扉を閉めました 何かがこつん、と壊れちやつたね

捕虫網 その網目から見えたのは哀しいくらゐ永遠でした

蹲るふくらはぎから矢のやうなクレーム 空に飛び込まうと思ふ

砂利の中にころん、と丸いつるつるの石があります そんな興奮

バーコードの鍵盤 酸つぱい匂ひだけ選んで嗅いでゐたといふこと

もし空が地面だとして 騙し絵の中でもきつと笑へるだらう

ウィルスにワクチンなんていらないよ 共生しよう、ずつと一緒だ

知つてゐる? この足元の沙漠にも糸より細い雨が降ること

ニセモノの輪郭でした 真新しい油粘土を緩める、熱で

わたくしが創つて鍵を掛けてゐた檻といふ名の蜃気楼 くにゆ

疫病神、さういふ自称もありまして 鏡いち枚、踏んづけてやる

みづたまりの真ん中辺りで立ち尽くす ならば脱いぢやえ、ぴよぴよサンダル

クッキーの型に抜かれて散らばつた昔の日記 針葉樹林

孤独とのアイ・コンタクト 預言者にゝつこり笑ひあつかんべえした

上げ底の立方体は二次元で消失点の金色 融けた

軽石のやうな真心 ごめんね、の意味は辞書だとありがたう、となる

痛がらせてゐるつてちやんと知つてゐる 畳んだ毛布に未練、...違ふよ

握りしめてゐたのはメスの柄ではなく刃だ わたくしに幾重の地層

腕を撫でる消毒液と消しゴムと通風孔と この脊髄に

水銀柱、ゆつくり捩り上げる風 沸点までの音階、響け

天空の螺旋の基点はどこですか? 失くした尻尾がはしやいでゐます











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