心象万華鏡・59/旋頭歌

踏みしめる地面があつて 上半身を緩めゆく秘訣の種を植ゑたてのひら

困難は困難 だけどまんまるいかも知れなくて、目を閉ぢたまゝ見る空もある

端つこも真ん中だとふ記憶を消した海でした 確信犯は過去の罪状

喩へればペルシャ絨毯 いまも時計が廻るたびちひさなこゑを匿ふやうに

へなちよこでいゝと思へた 縄梯子なら全身で登れるやうに、立つてゐるから

赤道に分かたれる波、ゆつくり還れ またペリトモレノ氷河に、最初の場所に

向かうにはまだ哀しみが哀しみのまゝゐるといふ河口 海とは溶け合へぬ色

平凡はその平凡さこそ諸刃なのだと 日常に身体半分、馴染めないまゝ
   
真つ暗な不安の海をもがくでもなく浮いてゐた セイレーンたち、謡はなくていゝよ

伸びてゐた爪とか髪が象徴するもの 存在は知り得ぬうちに泳いでゐるもの

夕暮れの残響、それは残響として 薄めたい世界があるといふ浸透圧

わたくしのカケラ集めたパズルはだけど わたくしのやうでわたくしでもないやうな  

発熱に湯気が促す背反がある 酔狂な中身で生きてゐるヒト社会

体軸がまだ逆らつてゐる左側 軸足の爪先が指す右側に朝

群青の空が宇宙の端つこならば川底の泥が無性にやさしい 今宵も

ないことがあるとふ熱を匿つてゐる 緩やかに腐乱してゆく時間のまゝに

放心のまゝに眺める世界のとほさ 飽和する体液のまゝ世界に凭れる

エナジーに出来ないならば悔しさなんて辛くない唐辛子並みスコビル指数に

懐かしさとすこしの感傷 ほどけてしまひさうなまゝ甘くならうとしてゐるつぼみ

眩さに捨てゝはゐない異端者といふ存在が俯きがちに抵抗してゐる

永遠の迷子が迷子であるつてことを愉しめてしまへる淡い温室の空

やはらかなみづに浸してゐる指先が誰よりも雄弁でした ちひさな海でも

雨がやむ そして濃くなる世界の風にくるまれてわたしの肌がゆつくり醒める

夕暮れの罪の深さが結晶になる 壊したいわけでもなくて、抱いてもゐなくて

去つてゆく排気音さへ滲みかゝつてゐる夜が肌寒いけど 墜落したい

泣いてゐる涙もけふは熱くはなくて、冷たくもないこのやさしさにまた泣いてゐる

息をする土の微熱の余韻に抱かれ眠りゆく とくんとくんとをんなが脈打つ

夜と朝 生まれたあの日と陸にあがつたあの日から変はることない至福は夜明け

境界は埋めるものではないといふこと 境界はちひさな橋を架けてゆくもの

ひとつだけなれた自由に漂ふ時間 わたくしはわたくしといふ海を漂ふ





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