心象万華鏡・57/短歌


ビー玉になつたかつての体温を撫でる日もある ポッケの重み

肩甲骨、そんなに空が恋しいの? 大陸棚に雪が降るから

をさなさといふ残虐を凝らせた インカローズの奥の牢獄

ボクだけの温室、そんな夢を見る だけどぼくには眼も耳もある

遥かなるエデンはエデン ぼんやりと眺める窓の隅、汚れてる  

判らない愉しみ方の先駆者が毟る花びら 扉が軋む  

ヘルマフトディトスの夜明け 足元を冷たいみづがそつと流れる  

環状線、回送電車になれさうもないまゝ車庫へ Rh+ 

わたくしのゴールは誰にも決めさせない 甘いお菓子を蹴飛ばす最果て  

デジタルの海に降る雪 結晶の堆積あるいは地殻変動  

溶けてゆく完成形の危ふさに噛んだくちびる 後悔、かもね  

鋭角の街の月夜が無機ならば たつたひとつの有機は発狂  

クロソイド曲線伝ひに見つめ合ふシャム双子、否 アドロギヌス  

わたくしがわたくし'を産む ひと夜、ひと夜の度になほも見頃に  

その窓を滑りゆくやうさゝやかな風を生む息 草原の音叉  

不自由を選べる自由 風船のカラダの枷があつてくれます  

増殖を続けるクローン 樹形図は根元近くが少し残酷  

大切なものは大切、心地よさだけに凭れる確かさ デラシネ  

原因と結果の境界 現実に似る事実より狭い真実  

進化すればゆつくり退化 継承の糸に織られる曼荼羅の指  

地続きの世界がそつと晴らす靄 臆病者はゆつくり溶ける  

失速を兆すため息 日溜まりの斜面でぼくの睫毛はとまる  

跳び箱の踏み切り板の向かう側 o filho do deus passa aqui, agora.

出会はずに流れてしまふ幾千のものとこゝろと みづかゞみ、はもん  

霊長類ホモサピエンスは夢ぢやなく夢を夢見る 夏にも、冬にも

くちびるにふれるひとさし指 今夜、ひらく夜花と水晶体と  

仲直りするほど喧嘩できたらね 天気雨ふる午後、半透明

曇りなどない一途さは流線型 ゴールの先に何もなくても

ほんたうは内容なんて やはらかな拘束といふ蝋燭みたいな

相対のうへに成立してゐないパーフェクト・ピッチ いびつでよかつた

喰ふために生きてしまつてゐる 罪は祝福だとも言へるカサブタ

通常を通常として日常はランプウェイの辺りではぐれる

選別の篩は粗い目ばかりで不幸を気取るレシピよ、消えろ

わたくしが知らないワタシと出会ふ時 さつき確かに夜叉がゐました

芒を持つ野生よ帰れ 造られた清潔に毒されちやうまへに

綺麗さと美しさとの境界線 みんなプレハブ増築だから

祈るしかできないアリンコ 情けないオナニズムだけ抱きしめてゐる

すべすべの川の小石が艶めいて後頭部から影がちらかる

緊縛の記憶を忘れない手首 この波が散る頃には...、たぶん

すれ違ひざまのちひさな風 こゝを懐かしめる日、夕日を見よう 

このぼくに寄生してゐるぼく そしてぼくは自分の尻尾にじやれる

スウィフトの預言、あるいは空想の世界の色が濃い 星を聴く

降り来たるうちなるこゑに従ひてわたくしは成す 五七のテロップ 

もうゐないあなたに代はり「おかへり」と腕を伸ばす花石榴   「うん」

銀製のカトラリー持つ指先が流れるやうに倒すちやぶ台 

カプセルの重み 気弱なおまへにもこんなに立派な牙、あつたんだね

回帰性、それは螺旋の一部だと気づけた 空は空でいゝんだ

通り雨に行き場をなくした激しさが冷やされる もうほつとしていゝ

曖昧が優しいなんて思へる日 太陽よりも夜を待ちます

中くらゐの夜にぼんやり寄りかゝる たぶん眠れる、深海の波






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