心象万華鏡・52/短歌
001:声
呑みくだしきれさうにない声でした 例へば毬藻、そんなみづいろ
002:色
けふ赫いあかい色した月に背を羽交ひ絞めされ 爪、伸びてゐた
003:つぼみ
それは蛹 芽よりつぼみは罪深く、ゆつくり石になれゝばいゝね
004:淡
肺胞にまだゐたんだね、淡水魚 透きとほりゆくとほい日の檻
005:サラダ
迷ひこんだ葉陰で瞑る目のやうに、サラダボウルの底 呼んでゐる
006:時
濁流に逆らつてゐる くるぶしは片時だつて赦してくれない
007:発見
遮断機が身を撓らせて墜ちる 目の奥に寒さを発見しました
008:鞄
運命としたなら 日陰と隣あふ鞄のそこの革に添へる手
009:眠
わたくしの体温といふ影法師 震へて眠れ、闇をゆく舟
010:線路
海だけを探してゐたのはとほい夏 線路の脇の草いきれ、まだ
011:都
首都高は夜を斜めに分断し 首長竜の骨の啼く音
012:メガホン
プラチックのコップ、逆さに風といふ星を聴く 血がメガホンになる
013:焦
涼しいと生暖かいの真ん中を知つてゐました やさしい焦り
014:主義
愛他主義 ほんのり上気した頬とちひさな花の狭間で、...悩乱
015:友
窮屈さのひとつ 友禅千代紙で折られた千羽鶴たちの喉
016:たそがれ
影といふ色の背中よ振り向くな たそがれ、そして夜叉の産声
017:陸
子宮へと大陸棚の片隅を孕まされた日 林檎飴、透ける
018:教室
やはらかい棘 教室の窓たちが創る迷路に鬼薊咲く
019:アラビア
日常の宿命としてゼロがある アラビア数字、微熱のひづみ
020:楽
永遠を奏でる、刹那を鳴らす、いまわたくしは琵琶 雪ほどの愉楽
021:うたた寝
ありさうにない向かう側 うたた寝に纏ふガーゼと羽毛の焦土
022:弓
反作用・反射・反応 ねえ、痛い ゆふべしなれた弓のはずでも
023:うさぎ
冷やゝかな音ばかりする ビー玉のなかでうさぎが風を嗅ぐ空
024:チョコレート
チョコレート・フォンデュ はかない早春の闇が蕩けて、まだ猫背です
025:泳
泣き疲れて眠つた夜の夢は沼 泳がないでね、沈んでゐてね
026:蜘蛛
蜘蛛の巣は褥 ちひさなしづくとふあなたの汗と、北国の河と
027:液体
わたくしの融点、沸けない液体の 生まれ変はつたら雪になりたい
028:母
その指の爪と雲母と水銀と さくら貝、もう砕いてしまつた
029:ならずもの
隔たりは痛痒くつて ファスナーを開ければ滲みだすならずもの
030:橋
陸橋のうへの匂ひは好きですか? たとへ海からはなれてゐても
031:盗
盗ませてあげたくなつた 西風よ、冬の記憶を置いてゆきます
032:乾電池
重たさは切なさに似る 還れない乾電池たち、星をお抱きよ
033:魚
縦糸は熱、横糸は骨、そんな魚子織(なゝこおり) あの孤高のをとこ
034:背中
真夜中の波紋はたつた一滴に産み堕とされる 風を背中に
035:禁
禁じられた小指 縄文杉のゐる森の地面の苔へ、うづめた
036:探偵
大陸へ帰るのですね ひと冬の残像を追ふ探偵として
037:汗
汗、それはひとつの老いであるやうに 空より地へと廻る綾織
038:横浜
極彩色、そんなかつてを塗りつぶし 横浜、とめた足のしたに影
039:紫
「なぜ?」 なんて訊く反則に 摘むよりも毟つた紫蘇の実はやるせなく
040:おとうと
アニムスをすまはせてゐる おとうとよ、未来永劫きみに遭へない
041:迷
いづれみなゆつくり還つてゆくでせう 立ち迷ふ靄、わたしのシェルター
042:官僚
シナプスかあるいは大脳皮質、この身を統べてゐる官僚 ...痛み
043:馬
あの頃にした馬跳びのその先は密林でした 音のない夜
044:香
切り取つた海、コリオリの力より尾びれを愛せ 抹香鯨
045:パズル
海馬には海馬のパズル また今宵、シーツの海に榜ぎだせるから
046:泥
確かめるやうに肌へとなすりつける泥よ、やさしく おかへり・たゞいま
047:大和
図書館の大和英辞典 水槽の底に漂ふ時間のやうに
048:袖
半袖の肘は反逆 もう少し、もう少しだけ甘えさせてよ
049:ワイン
息をとめ、ワインゼリーをひと掬ひ 胸の振り子は永遠を見る
050:変
うめられないまゝの変数XY 虹色といふ色はないのに
051:泣きぼくろ
誰が裁くものでもなくてわたくしが罪と定めた 泣きぼくろ、消えない
052:螺旋
堕ちてゆく 予防接種と押入れと蜂の螺旋のおくの退行
053:髪
梳きながら見つめる無限 ほんのりと湿つた髪と森の匂ひと
054:靴下
初夏でした 鮮やかだつた靴下がくすみゆくまゝ風化するだけ
055:ラーメン
これも形見 かつてラーメン構造とふ言葉を知つて、まだ忘れない
056:松
わたしでありわたしではない松果体 生体時計といふ冷酷に
057:制服
制服で匿つてゐた微熱 この国には標準時刻があつて
058:剣
我慢づよい西日に射され剣玉も長い影ひく 雌雄・陰陽
059:十字
ひと筆で書けない十字 脊髄がアンドロギヌスの夢を見てゐる
060:影
幻影を潜ませながら耐へてゐる毛虫 わたしに揺り籠はない
061:じゃがいも
海底も陸続きだと星は言ふ てのなかにあるものはじやがいも
062:風邪
体軸がわづかに傾ぐ 夕暮れはやたらと甘い風邪薬の味
063:鬼
交替の時刻 都会の喧騒に百鬼夜行のぬくもり探して
064:科学
こぼれさうな科学の闇にわたくしは凭れる 海は海でいゝのに
065:城
瓶詰めにしたいお空と真つ白なお城を壊す ひとつ汚れた
066:消
消印が少しかすれてゐたとしても 鏡のなかでウサギは笑ふ
067:スーツ
マオ・スーツ 中身と呼べてしまふつてことは哀しく、でもあつたかい
068:四
この坂の下から四歩目 あなたより高い視界の雨は冷たい
069:花束
花束は白、マルボロとスコッチと 子猫の声でいまもなけます
070:曲
屋上の手摺のうへで薄笑ひ 曲芸なんてへつちやらだつた
071:次元
ぼくたちは異なる次元をゆく小舟 どこまで行つても鏡なんだよ
072:インク
切なさは水性インク 濃紺の闇がほどけるまへに生まれて
073:額
透明な額縁を負ひ走るだけ、走つた 明日(あす)はあしたつて読む
074:麻酔
ぐづりだす童女を中和するやうにわたくしといふ麻酔 おやすみ
075:続
カサブタをこつそり剥がすこの卑屈 続柄欄に何も書けない
076:リズム
拍動が刻むリズムは隆起する大地に支配されて オルガン
077:櫛
薄くうすく櫛切りにするトマト もし永遠といふものがあるなら
078:携帯
携帯用トラベルキットの歯ブラシが毛羽だつてゐて ひとり、夕暮れ
079:ぬいぐるみ
愛情はほどほどがいゝ いがらつぽい埃が匂ふぬひぐるみ、...ごめん
080:書
切り離す往復葉書 錆びてゆく心にフリーハンド、沁みたよ
081:洗濯
日にやけた洗濯バサミの軽さとか、湿気たビスケや 春は浅くて
082:罠
神様が仕掛けた罠がはづせない もうすぐすべて落ちる砂時計
083:キャベツ
塞き止める毛細血管 芽キャベツに懺悔をひとつ、くちづけるやうに
084:林
哀しみのカタチは林檎 いま光るあの星に会ふことはできない
085:胸騒ぎ
車窓から見えた飛行機雲 きのふ放置しちやつた胸騒ぎなんて
086:占
占拠する 小動物として生まれたんだつてこと、書いても、...書いても
087:計画
罫線にやんはり警告されてゐて 計画倒れといふやさしさはある
088:食
浸食の速さをとほい星に見る 笑へなくても気にしないんだ
089:巻
引つ張れるだけ引つ張つた巻尺が巣になつてゆく ちよつと...、嬉しい
090:薔薇
混沌にまどろめてゐた 温室でゆつくり朽ちてゆく白い薔薇
091:暖
前髪を画鋲でとめた暖簾だとしたなら けふは南風の日
092:届
あと半歩 届かなかつた境界の先にはきつと最果てがゐる
093:ナイフ
もう一度、カッターナイフの刃を折つた 世界のどこかで朝日が昇る
094:進
人知れず進化の糸は伸ばされる おほきく廻つてゆけ、観覧車
095:翼
腕ぢやなく、翼でもなく 真ん中で力いつぱい叫べよ、ペンギン
096:留守
留守番をすればたちまち平日の水族館に呑まれた ...かあさん
097:静
アスピリンはおまけのコップで飲むといゝ いまも静かの海が見てゐる
098:未来
過ぎた日の未来はプール 照りかへす水紋の果て世界と、一緒に
099:動
動ごいたら崩れてしまひさうな日のショウジョウバエの翅 火が爆ぜる
100:マラソン
わたくしの荒野 ゴールに眠るまで果てなんてないマラソンだから
@題詠マラソン2005
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