心象万華鏡・50/仏足石歌

ゆつくりとこほつた月が満ちてゆき またすこしだけ
狂ひさうです 壊れさうです 

見えてゐる寂しがりやの行列は昔むかしの
夕日の匂ひ 夕焼けの色

縮こまつてゐるかたい芽よ起きなさい 地球の自転に
合はせて廻れ 揃つて進め

押入れはもう閉ぢたから離せない毛布を脱がう、
海に来たから、土に立つから

日常を因数分解せよ 括る集合体は
満ち潮とする、堤防とする 

目を伏せて覚悟と過剰防衛の境界線上
左手に冬・右手には春

進化する 過ぎた日々とふ滑稽を滑稽として
ほのかに俯瞰、すこし傍観 

ひとすぢの髪ほど残る肌寒さ この背にいまだ
棲む影法師、啼く逃亡者

ゆくことゝ退くことゝ逃げること 磁石の先は
それぞれを指す どれも指さない

去る者と見送る者の北・南 言ひたくないね
去られるなんて、送られるなんて

城壁の外の世界の真ん中はやたらとゝほい
どこが真ん中? こゝも真ん中

横たはり続けるやるせなさがある 比べちやいけない
天王星と 冥王星は

大通り わざとちひさな裏路地へ、裏路地へゆく
コゝロの脱走 身体のボウケン

わたし分の広さでもあり狭さでもある不自由は
わたしの自由 ぴつたりの自由

ギチギチの宇宙があつて、スカスカの地球儀がある
十界の果て・九界の中心

脳髄がこつそり洩らす不平とか、高揚だとか
タイヤに詰めた 鍋で煮詰めた

忘れられた冷蔵庫から安眠に招かれてゐる
だから来ました、だから往きます

高すぎる壁の向かうは見えてゐて 低い格子の
先は見えない 奥も見えない

せゝらぎよ、いまも背負つてゐたんだね 烙印といふ
不可逆性を、不透明さを

電極は永遠相手のキャッチボール 世界の辞書が
断罪をする 免罪もする

蒸散は冷たい石を抱いたまゝうへにだけしか
昇れぬ拷問 広がる解放

溶け合つて小人の後に来た巨人 そして廻るよ、
ラグナロックと ギヌンガゞップは

一滴が沁み渡りゆくスピードで覗き見ました
暮れるとふこと 明けるとふこと

膝の裏 少し残つてゐる汗は幼さといふ
喪失を負ふ、獲得も負ふ

懐かしい匂ひはどれも甘くつて酸つぱくつてね
わたしぢやないよ わたしなんだよ

指先を伸ばしきらずにゐることは、薄茶色した
安心でせう 痛みなのでせう

木漏れ日を残酷として立つてゐる 影には影の
体温がある、情熱もある

真ん中に磁石をひとつ置きました 今からこゝは
真ん中ぢやない 端つこでもない

苦しみをなんで続けてゐるのかと訊きたくなつた
夏から冬へ 秋から春へ

右廻りしてゐる身体 左手を右手に添へて
喜んでゐる 哀しんでみる






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