心象万華鏡・48/短歌


関節のあたりがほんのり邪まな底冷えをする日は平均台

背中にはウミウシみたいな通風孔 深呼吸する爪先、痛い

空中にドライアイスをぶちまけて、地上で降られる ちよつとのほゝん

けふはけふの分だけ脱皮 毛先だけレジスタンスを気取つてゐても

わたくしといふ物体が物質であるやうに いま海が生まれた

両腕の中の生態系 積もるワタボコリから来るテレパシー

羊皮紙でくるまれてゐる脊髄が寝息を立てる 春の匂ひに

柔毛の樹海を裡に抱いてゐる 哀しみだつて星になれるよ

漆器とふ鈍痛がまだくゞもつて マスクの下で苦笑ひして

入射角と反射角との永遠にあてる分度器 もうすぐ夕凪

スカートでぴかぴかにする林檎より向かうに見える握力 地面

切なさを具現してゐるものとして防砂林 啼く岬の先つぽ

消えちやつた有象無象の小人たち すこうし寂しがつてみようか

緊縛は安心だつて知つてゐるわたくし 壁に凭れる時間

降つてくる飛沫 マイナスイオンとは知らなくたつて夢は見えるよ

サーカディアン・リズム わたしの中にある精密さだけ寒がつてゐる

ぬくもりの安定供給 指先を吸ふ痒さとか、酸つぱさだとか

半歩だけわざとずらした定位置に思ひ出し笑ひ 玄関はすぐ

こゝといふそこは基盤で基礎ぢやなくキホンテキニハすこうしふはん

我慢より自重がしたい 彗星のしつぽ、掴んで離させない日も

存在といふ瑕ぐちと存在といふ鈍すぎるナイフ ことだま

ゆつくりと廻り続ける舞台・地球 おほきくうねる輪唱がある

わたくしのルーツ 流木、枕木もかつてだけれど未来なんだね

肉体を支配しときに服従もするさゞなみは息 この律動

幼稚さを鋭く尖った結晶に 表と裏を夜中に跨ぐ

緩やかな屋根もぼんやり照つてゐた 半分しずむやうなやさしさ

わたくしといふ境界の絶対値 はるかむかしの使命は消えない

夜といふ夜に聳える尖がりは歩道橋 また駆け上がれるよ

吊橋のうへでスキップ 見えさうで見えないものは自分と明日

渇きゆく水晶体が主張する 最初の川を探しにゆかう

まだ北が北としてだけ啼いてゐる夜をしづかに殺した しをに

降るやうに溶けだしてゆく、琵琶の音が同心円のやうに わたくし

忘れるといふ安全弁を撫でました 雲母が剥がれて雪が聞こえる

静脈のあをさがこんなに目に痛くてしやがみたかつた 地軸の角度

両腕は門 星たちの海の底に寝そべる瞬間、永遠が鳴る

てのひらにくるんだ空をぐしやぐしやに握つた朝がとほい 鼻歌

糖蜜の淀んだ層に息かけて わたしはわたしに頷いてみる

境界の層が滲んでゐてもいゝ そんな言葉を団栗、くれた

連鎖する記憶のうづを丁寧に丁寧に結ふ ちびつと熱い

下り坂でぽつねんとゐる影を見る だつて太陽、まだ沈まない

例へれば星いつぱいの水溜り まんまるだつたしづくの命

ひよこ一羽分のぬくもり 全身に均等に均一に伸ばしたら、風

泣きつ面、胡坐のうへに載せてみた ごろごろの石、ちひさく沈む

ミニカーの中の世界は無限大 とほい日もまた宇宙に行くね

草笛の音の酸つぱさ ぼそぼそに渇きかゝつた粘土の頽廃

わたくしの昭和と呼んでゐる小部屋 斜めの影の長さは小骨

切り株の線をかすかになぞりゆく視線 円とは哀しいカタチ

夕焼けの匂ひに泣きたくなるやうに生まれる前から知る身の震へ

息切れもひとつの証 文字盤にゼロといふ字はないといふこと

いまもまだ胸へと繁る密林のやはらかさだけ纏ふ 暁










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