心象万華鏡・46/短歌


多面体は多角体だ、と まるまれないとんがりを持つ波、確かめる 

放電の先にあるもの 見えないといふ安心の毛布にとろん 

混濁を掻き抱いてゐるレセプター 吸つて吐き吸ふ、ワタクシハコゝ

淡い淡い透明水彩画の中に汚濁一滴 立つてゐるんだ 

あの辻も、その三叉路も ゆくほかにないとふ錘の肉体とふ巣 

まだ残る酸つぱさといふ自虐的不随意神経 砕けた硝子 

音もなく渇いてしまふこゑがあつて せめてカールで飾れたならば 

例へばさう、触れる首すぢ 生命と呼ぶにはあまりにやはな実感 

真実と事実の境界線だけを手繰つて巻いた けふは日溜まり 

重なつてゆく時間だけ刻まれた日陰に香るみづ 舟を見た 

壊死をする歯茎の中のやはらかい末梢神経 日付が替はる 

固体から液体になる 夕方の空がゆつくり降りてくるから 

わたくしを抉り出したい もう一度、骨よカラカラ咽いでおくれ 

敵陣と呼べてもしまふ脳内に砂をまぶした つちふまず、だね 

海底でヘドロのやうにふにやふにやと梦を見てゐた 真昼の雪に

片方がまだあつたかい 鼓膜から先の空間、小刻みなまゝ 

間には何かゞあると思へたよ 空白といふ濃密な海 

瞬膜が蒸発しさうな地熱ならほら、こゝにある 卵の化石 

仰ぎ見た空の一点 結晶にまだなり切れない砂のまゝでも 

ねえ、きみは何処でイキタイ? それでもね、ぼくはやつぱり海にイキタイ

走り過ぎてしまへば空はみんな空 目隠し鬼といふ雛がゐた

わたくしを殺しにゆかう 小動物よりもちひさい時代の地層

真夜中に伸びゆく糸の端と端 波ひとつない水面のコップ

ぺなぺなのセルロイド製お面越し切り取つた雲 球状星団

影踏みをした中庭のショーケース きのふは雨であしたはあした

この道が何処へ行くかを知りたくて だから見えない空だけを見て

永遠の波形、鼓膜も心音もみづ・かぜ・ひかり 世界のわたし

沈殿といふ昏睡に花は咲く いづれは蓮華座にゆけたなら

シナプスは並列のまゝ 指先の血のひとつぶははぐれた流星

両腕をどれほど伸ばしてみたとしても胸元は闇 しづかな無限

風に散る叫びとふ名の透明はまた海底で眠る ためいき

突つ伏して天王星の哀しみを取り込まう まだ白亜紀だから

独りより一人でゐたい 貸しボートのたのた進んでゐる安心に

胸の底がすこしくすぐつたいだけでみづにもなれる 冬の噴水

直線が縷々と流れて消えさうで、消えない飛行機雲 雑踏は森

横たはる星の残骸 手探りでわざと傷つけたい思ひ出よ

どうせならとことん誇張しようつて鉛筆削る 昨夜が溶ける

魂は竜頭に似ると気づけた日 雪が霙に成長をした

無罪とふ最大級の罪 罰は罰せられゝば毛布なんだよ

屈伸をするには屈伸する意志が必要だつた 鏡とわたし

どんよりと煤けた窓から陽が射して あしたの天気雨を待たうよ

廻るたび人工衛星ひとつづゝ消えてゆけたね シャーレの中で

下つても上つてゐます 絨毯は織れてもほどくことはできない

不可解に不可解たして中和する 温泉卵の白味にならう

鋭角の音は確かにある 潤む匂ひも味もあるからあつて

地の果てを手繰り寄せたい衝動よ 意外と寒い蓑虫の蓑

適量はしづく五つとしたならば、しづく四つと半とふ保険

鰓呼吸と肺呼吸して生きること 離れて近づくブランコの夜

細胞と自覚ができる瞬間の軋み 地表を急いでめざせ

雲といふ粒子集合体、そして万有引力 磁石よ放て




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