心象万華鏡・42/旋頭歌

わたしとふアリバイにより証明される
あなたとふアリバイによる証明、わたしの

灼ける喉 叫びたいのにこゑにならない
そしてまたゆつくり砂を飲みくだすしか

夜泣きする赤子がぐづる なにを恐れて
威嚇して、保ちたいものなんてないのに

楽園はないから楽園 あればそんなの
空き地とか広場なんだよ、石が重たい

流氷のうへを歩いてとほくの海が
見たかつた 視界はいまだ嵐の沙漠

血が沸くといふのであれば、血は密やかに
凍りゆく 怒りとふもの産みだせたなら

どうすれば怒れるのか、と百科事典を
捲ります 途方に暮れる速度、空耳

干からびてゆく草だけに耳打ちをする
洗ひ髪、音も立てずに氷ればいゝのに

望むから絶望をする さゝくれてゐる
くちびるに滲む血にだけ体温がある

ゆつくりと水が溢れてゆくかのやうに
込み上げて、緩めて締めるこゝろの蛇口

彼誰の世界はしをん 黄昏時の
世界ならかきつばたとふ境界がある

ロジックと感覚と感情で成り立つ
デルタ地帯 どこに行かうといふのだらうか

ソロモンの王の指輪のバッタモンとか
にせものゝ聞き耳頭巾 雲にさよなら

チェスよりも双六がいゝ さう願ふのも
弱虫と言つてしまへばそれまでだけど

洞穴に風が反響するかのやうに
小賢しい喇叭を鳴らす小人 肺胞

発光の予感を抱いたガス体 それも
忘れない地層なのだと宇宙、なぞらう

ひとはみなゼロ・ウォーターを匿ひ続ける
ポリタンク 原罪すらもひとが造つた

自らに問へよ、赦すと赦されるとふ
綾織の光沢をまだ凝視できるか

もう硬くなつてしまつたパンが地面で
安心を呼吸してゐる これは願望

抵抗はもうしないんだ しづかに靄が
かかる視界、時計の針が零時を指した

孵化をする直前として殻の向かうに
見えたもの 世界の鎧、マトリョーシカの

注射針 しなる毛細血管はまだ
伸びてゆき精一杯のため息、洩れた

クレヨンの匂ひに目覚める夕焼けがある
更けてゆく夜よ、このまゝ「時間よすゝめ」

出涸らしの伝説ひとつ 放物線の
冷たさが瞼の底に馴染める未来

ぼんやりと滲む水彩画の地平線
日に灼ける、風に打たれる肌とふ再生

三次元ジグソーパズル 手を伸ばすより
五歩さがる、勇気のボタンは失くさないから

物差しのコレクションとふ悪趣味、目盛りは
塗りつぶす 目覚まし時計は凍らせちやうんだ

足元に海抜3,000メートルと書く
ほつとした、安心できた、サナギになれる

氷河期の記憶の地層 震へるやうに
雪原で踊つた足の爪の先つちよ

天と地の間に走る断層といふ
人間よ もう降りれないエスカレーター

いち日のいち部を抉る 壊さないやう
ひと息にぐつと握つて、二分後の明日

サーカディアン・リズムに逆らふ気力は萎えて
まるまつた姿勢で渦に オトナの理屈

ぶよぶよの闇の色したアメーバみたいな
わたくしが涙、堪へて 朝日に会ひたい

飛んで来るボールにだつて裏側がある
あゝどうかボールの後姿よ、見えろ

導火線、なんでこんなに幾つも幾つも
生えてゐる 引き抜いちやいたい、水ぶつかけたい

いつだつて中ぐらゐだけ 振り切れたとふ
ことを知るレベルメーター、錆て来ました

ひと色の絵の具を濃く濃く塗り込めた端
薄まつてしまふ、明日の青空みたいに

境界線、三半規管が反逆をして
跨げない 縦横無尽の寂しい升目

内側に向けて瞑つた両目が熱い
天球になれない水晶体は泣けない

乗り越えたブロック塀の向かうは元ゐた
場所なのに 溶け合ふマーブル模様の意識

遠慮がちな、でもあつたかい波、南風
極点の儚い夏の残滓と髪と

ゐるこゝが真ん中ならばたゞ仰ぎ見る
空にだけ、この胸元を晒す あふれる

立ち止まる とほい未来の記憶は螺旋
悠かなる一番最初へまた歩き出さう

「初めて」が懐かしいとふことにゆつくり
深呼吸 確かめられた熱の伝導

辛うじて柔らかいまゝゐられる指で
なぞりゆく点字 わたしの中の深海

預言通り寝ぼけ眼の海底火山が
欠伸する さうつと、そつと朝を拒まず

風が吹く、波に溶けゆく、透明になる
虚無といふ有為だけがある 泣けちやうんだよ

くるぶしの下は根として土に縋つて
ゐるやうで やうやく逢へた、帰つて来たよ

初めからひとつだつたね、なのに離れて
ゐた時がたゞ永かつた 地球に突つ伏す

幾兆のわたしがつくる、わたしがつくつて
ゐる星も、世界をつくつてゐる ひとつだよ







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