心象万華鏡・41/長歌

生まれ来るそれより早く
ちつぽけな海でなぞつた意志、記憶
果てなき果てゞ植ゑられた、あるいは植ゑた意志、記憶

太古の海に湧いた泡
蕩揺ふ命のスープより
まだ瞼すら開かない深海の魚
光など知らぬ体躯に熱を知り、のそり浮力に身を委ね
風といふ名の未知の波
こゝより今日を今日とした

視界の高さは変はりゆく
かつて底より水面へと昇つたやうに
気がつけば風を掴める手がふたつ
大地を支へ、身を支へ
右には右の哀しみと
左にはまた左だといふゆゑ宿したやるせなさ
出逢ふことなどありえない
右と左の手へと手を
ゆつくり触れて確かめるわたしのカタチ
肩・額・顎・耳・うなじ・胸・背中
知らないことすら知りやうもなかつたカタチ
掬ふ・摘む・拾ふ・掲げる・投げる・抱く
こゝより明日を明日とした

大地を支へ続けずにゐられる自由は罪の味
自由は別の不自由の扉を叩く
なにひとつ触れてゐないといふ不安
募る怯えが狂はせた
命の季節
をとこらは刃を研いだ
をんならは火を操つた
土を捏ね、土を耕し、村を成し
もう帰れない歯車に
ひとはまぐはふ
春に夏、秋も冬さへ
触れてゐる
触れられてゐる
ぬくもりにしづかに狂ふ
なほ狂ふ
こゝより過去はどれも過去
こゝより先もなほ先も悠かな先も
永遠の過去

ひとゝいふ器の中を流れる時は常春であれど常夏、常秋、常冬
獣よりとほく離れてなほ何よりも近いもの ひとに生まれてひとを生きゆく 



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