心象万華鏡・40/短歌

金色のしづくを宿す指先の根元 還つて来たとほい海

ふとんとの心中 懐炉といふ演技、あるいは本能なんだつてこと 

熱・浮力、包まれるまゝ溶けだした一番最初のこゑ お、かあ、・・・さん

後では海がゆつくり囁いてゐます 悠かな色、あをみどり

空白は真綿だとして、欠落がいづれ川原のさゞれ石なら

てのなかの胡桃の吐息 確かめてゐるのはもうすぐ真冬とふこと

憂鬱は前屈みしてゐる胸の裏側でまた欠伸 聞こえる

帰るつてゆくこと けふがきのふへと帰れないなら線を引くだけ

溶けるより、砕かれるとふ陶酔がちさき焔のやうで 氷点

選択肢、それは痛みの交差点 染み出てしまふ陰はやさしく

伸び上がる産毛の先に見えてゐる海峡 ひとゝして生まれ来て

ペルソナ・ノン・グラータ 握るマッチにてゆつくり壊すアニマがひとつ

枯れてゆく睫毛 例へば鋭角の夕陽にひざまづくといふこと

逆光に縁取られた砂 閉ざゝれた優しい檻に満ちる水色
  
自堕落になりたがる耳 真ん中を走る脊髄だけを冷まして

爆ぜる いや、暗転としてとほくから欠けたビーカー そんな安心

みづうみを身体の奥に匿つて 細胞核の歌の独裁

逃げないでまだ足元のモルタルの床の微熱に 葉擦れの音も

落下 もう空は見ない、と暁の空の端つこ睨むでもなく

天幕を支へてなほも泣いてゐる梢 半島から朝が来る

誰もゐない 真新しさが冷やゝかに映える入り江で微睡めたなら

ミシン目の果て この胸の切なさは流れる水のやうに不定形

湯気の立つ腕を窓から 夜といふ世界に生まれたがる逆子が

押し込めてゐたわたくしよ、蘇生する氷の中の泡のやうに 息

火照りだす耳たぶ とほいサバンナを揺らす地鳴りが忘れられない

洗つても拭つてもゝう消えやうもない瑕 花の香で埋め尽くす

アフリカの太鼓が語る永遠が解き放たれる 睫毛経由で

わたくしの底の底から大陸がわづかに進み始め 流体

放熱ができゝれないと泣いてゐる 冷え固まつた軽い溶岩

この星が押し込めてゐる朱夏 そつと土を塗り込むてのひらがある

みづに、また風にカタチがあるやうに36℃の言葉はいざる

ライオンの髭はきみどり 見えてゐるその場限りの地平に染まれ

還りたい、帰りたいね、とうわ言は祈り未満の雹になつたの

混沌の末裔たちよ 過飽和の塩水といふ終着駅発

いまもまだ踵が忘れずにゐます 砂礫の底の赤土の履歴

対流に結ばれてゆく曲線が海へと消えた焔 憐憫

あをすぎる空とふ暴挙 外れさうな鍵がしづかに砂と崩れる

えりぐりに忍び込む星 ちつぽけな惨劇そして挽歌の調べ

シャーレとふ生態系にさへもあるコロニー 神の残酷の種

陸封も回遊魚でもおなじこと 檻はつまり巣、第三惑星

脆さうな豆電球の表面のかすかな緊張 夜明けに逢魔

重力があるから焦がれる天がある 空があるから地に従つて

草原の香りが満ちて 寝台車ではない夜汽車、あへて選んだ

方角は八や十六だけぢやないでせう 岬で叫べなかつたよ

てつぺんの万年雪の証立て 命の地層、そんな知恵の輪

シャクトリムシ、その身に地殻変動を宿して生きる チベタン・ブルー

距離がまた近づいてゐる、年表の両端 マイム・マイムの波濤

心臓は地脈、こめかみ・ゆびさきはまだ昂ぶれる 大和御言よ

アタビズム、さういふものとしたならば 歯車、それはふたつの動輪

進化とは退化、退化は進化だ、とこの全身の感電 吼えろ



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