心象万華鏡・39/短歌

哀しくはないまゝ泣いた 鍵穴の向かうが急にとほく思へて  

愛し方に少し自信はあるけれど愛され方はとことんヘボで

約束をひとつ、回遊魚のままでずうつとゐるよ 地球もひとつ

近くても会へない 北と南との真ん中にある回転扉

境界はワタ飴製の鉄格子 ウチの海馬は虫歯になりたい

決定的瞬間 いつも気づけずにゐるのは夕陽はとけちやわないこと

お小言とお目玉の差が真冬へと向かふ河原でしやがむ 突き指

目の中に四角い海を飼つてゐた去年 もうすぐ夜が沈むね

雑巾を縫ふ哀しみが手の中にゐたくないつて ペンギンの唄

近頃は昨日と一昨日 鼻声で数へた年は十七つでも

例へばね、空にも壁を作らうと背伸びしました 屋根、地面です

切り取つた夏 お茶碗をかちやかちやとぶつけた音に涙、ぽろゝん

ひらぺつたい膝頭だけ小刻みに怯えられずに 「鬼さん、こちら」

西風が強い夜 また肘だけで頭の重さ支へてしまつて

少しだけするするしてゐる液体は光 やつぱり夜行に乗るね

50秒 制限時間は気にしても気にしなくても海は半べそ

くちびるはとんがらせても仕方ないと、覚つた強風注意報の日

こつちから五次元までは何光年? 線路の枕木とふ寂しさと

針の先のその先にある永遠をひとつせがんだ 波が砕けた

見渡せば枯れた茎だけいばりんばう 昏倒といふ安心、あるよね

狂乱の欠片はいつも右耳の奥に仕舞つてある 雪が降る

片方が凍つてゐるつて泣かないで、もう 北向きの窓の爪痕

カンニング・ペーパーみたいな自信とか、自慢だつたらまあるいでせう?

膝の裏と踵のボヤキ 前だつて後なんだよ、地面には星

泥の中の泡の中へと逃げた でも浮き輪も欲しくなつてはゐるの

冬至より夏至がいゝ、北回帰線 帰つてくるよ、生まれるために

もしぼくが廻れば君も この星に緯度といふ名のサヨナラがある

ち・・・ちちち、と泣いてゐる音 滲み出す濁つた色を体温といふ

向けられた言葉はヤスリ 飲みほした流線型の痛みよ、眠れ

パラフィン紙、そんな冷酷だとしたら 乾いた空に抱かれてゐたい

わたしよりあなたの隙間が判るとふ永遠だから 水銀の毒

滔々とゆく河 逆らふ断片を優しくやさしく水葬にして

両腕でとゞく範囲の安心と残酷 けふのみづたまり、とか

チューニングできないわけぢやないけれど もう切れさうな弦、知つてゐる

眼を瞑り硝子の迷路を終はらせる痛みをひとつ、待つてゐました

見えてゐて見えない 果てゝゆきたがる、檸檬と呼ばれる北国がある

「またね」とふ別れがあつて、だからけふ会へてゐること 星が死んだの

角砂糖の端の雪崩は雪崩として 朝日が昇る場所、探すから

円卓が真ん中にたゞあつたとふ地球 荒野の果てよ、荒野であれ

ホルマリン漬けにはしない さうすれば必ず会へる、本当の出会ひ

手を繋ぎ、手を離します いつだつて鎖になれてしまふのだから

温室といふ檻がある やはらかく抱きしめながら壊したいもの

優しさはちつちやくなつたチョーク、その色よりおほきさより 影ゆらり

海鳥の悲鳴と紙が燃えてゆく端つこといふ螺旋 白蛇

たゞ沖を目指した ガラスケースから覗く宇宙をいま、沈めます

やはらかいやさしいあつたかい拒絶 とけたこほりのしづく、煌き

この山の向かうに何があるだらう 風葬といふ果実の種を

脳髄の奥の樹海のなか、眠る切り株だけが悟る 誕生

繭玉はわたしにできるおほきさよりすこしちひさくする これは愛

また波が生まれる どうか哀しみよもつと凍えて、氷河の底へ



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