心象万華鏡・37/今様歌


心の端は錆びてゐて 心の真ん中涸れてゐる
心の途中は湿りがち 心の心がちぐはぐと

変はらぬまゝでゐるために 変はるほかには術もなし
変はることにてもとよりの 変はらぬまゝに在ることを

呑み込めました、おほかたを 呑み込めたから、穏やかで
穏やかだから、謡へない 穏やかさだけ、呑み込めない

怯えてゐます、何となく 怯えてゐるから満たされず
怯えるわけは無くすこと 怯えるまゝに宙ぶらりん

確かぢやないから不安です 確かなものが欲しいけど
確かなものは持つてゐて 確かぢやないのは心です

ひとりは嫌ひ、さう思ひ ひとりは気楽、さう思ふ
あつちもこつちも欲しがつて あつちもこつちも欲しくない

足りないものがなにかある 切羽詰つてゐないのに
プチブルなんて嫌なのに 憂鬱だけがなぜかある

考へないでゐられたら 例へば一日農作業
例へばひたすら泳ぐとか 考へることから逃げたい

伝はらないつて泣きました 伝はるといふ前提で
伝はらないつて前提で 伝はる奇跡に泣けました

欲しがるものはないもので ないものだから欲しいです
なくても生きてゐるのだし 欲しがらなくても生きられる

刺激がなくちや詠めないし 哀しくなくちや謡へない
泣き極まつて空になり 乗り越えたそのとき降ろす 

ひとつ扉を開いたら ひとつ世界が広がつた
広がつてゆく仕事たち 広がつてゆく八雲道

諦めないといふ罪は 満たされないといふことで
満たされないのが嫌ならば 諦めといふ罰、受けよ

肝心なのは納得で 納得すれば安心で
安心だから進める、と 進めることが肝心、と

判りたいのは傲慢で 判りたいから判らない
判らないのは当然で 判らないから判りたい  

こんなもんだよ人生は 高を括るといふ無様
分相応といふ美徳 どんなもんだか人生は

藁しべなんてかつたるい 打ち出の小槌、ぶん廻し
なんでもかんでも貰へたら たぶん藁しべ欲しくなる

こゝからとほいといふことゝ こゝまでとほいといふことゝ
椰子の実といふ悲しみと 椰子の木といふ哀しみと

石になりたい水底へ とぷんと沈む石にだけ
沈めなくても叶はない 石ぢやなくても叶はない

冬は夏よりあつたかい 夏は冬より暑いけど
冬は夏より寒いけど 夏は冬より涼しくない

北の港は凍らない 南の港が凍つても
南の橋は腐らない 北の橋さへ腐つても

こぼれたミルクは雪の色 瓶のミルクは靄の色
ゆつくり飲んだ霧色の ミルクは氷柱の味がする

もういゝかいと訊かれたら まあだゞよつて答へます
まだでせうつて訊かれたら もういゝよつて答へます

マジックミラーに映るもの 残酷といふあをい空
忍耐といふしろい砂 諦めといふ真つ赤な血

優しい優しいやじろべゑ 右の錘が重すぎて
左の錘も重すぎて ぽきんと心棒折れました

飛行機雲が真つ直ぐで 真つ直ぐだから消え易い
消え易いから綺麗だし 綺麗な飛行機雲でせう

潜つてゐるのではなくて 沈んでゐるつていふ自覚
見えない底は見えなくて 見える水面が見えるから

絶滅危惧種といふ結果? 絶滅危惧種といふ原因?
見えないレールが見えるから ならずにゐられるレミングス

孤独と疎外のカテゴリー 疎外は孤独のいち要因
孤独と疎外の不等号 孤独は疎外の母で孫

幸が不幸といふ幸は 不幸が幸の不幸より
幸と感じてゆく南 南の南も南です



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