心象万華鏡・33/短歌

水滴を小指の爪に匿つて 千年、放置できればいゝのに

こちんこち、メトロノームの反復が海底に降る 砂がやさしい

底のはうで種や貝殻 たまになら耳いつぱいに彗星、つめやう

別々の頁の間で押し花は冬眠をする 地球、丸いよ

噛み合つてゐない歯車 ざらざらを確かめるほど流されちやうよ

水脈がくるぶしあたりでさんざめくかすかな痛み 手袋ください

洗ひ髪、その軋みさへ まだ星が怯えてゐるつて知つてはゐるの

草原をおほきな床としたならば隠れたまゝのビー玉 わたし

返却は哀しいだとか、辛いとかだとかぢやなくて 東南東で

とろとろとあつためてゐる牛乳といふ哀惜に ポケットの穴

小石より岩山がいゝ 靴の中、蹴つて蹴られて宇宙の螺旋

アマゾンがうねる河音、その奥に聞こえてゐるよ 青銅のこゑ

てのひらの窪みで眠る珊瑚の実 舞ひ降りてくる時間は羽毛

土のうへ、つんつん伸びる草たちが探してゐるね ミクロコスモス

両手より両目で感じる バスタブの縁に座つてバランスとらう

みづ湛へコップが鐘になる昼が凝る こんなにくすぐつたいよ

凝固する湿地帯から余韻だけもらひたいつて、我侭だけど

広場だと気づけぬまゝの木陰から口笛、吹いた 脱皮したくて

内側に正六角形、抱つこした 北半球の哀しさだもの

登るより互ひ違ひに座るための階段 海が湖でした

水銀が転がつてゐる隙間 もう息が切れたらどうしちやはうか

堆積を続ける未来の記憶 けふ三日月湖にはお空が映る

絨毯の裏にこつそり仕舞ふのは明日に見えるシャボンの七色

出来立てのゼリィ 例へば現実が地盤沈下のやうだつてこと

生き証人、さういふ決着ならばある 育てなかつた仔猫、あるいは

胸と背の中間あたりの奥の奥の水瓶、割れた 背中がとほい

かゝうには火口と河口とがあつて 東に向かつて息、吐いちやだめ

早朝の列車が埋める空白は海からあがる気持ちのやうな

何処かには続いてゐるさ 野良猫の生存本能といふ彫刻

水槽で止まつたまゝの時間へとトンネルを掘る 足掻きたいから

行き先を間違へて乗る夜のバス 心細さといふ陶酔に

赤土に教へてもらつた辛抱で作つた煉瓦 まだ割らないよ

まだ追ひかけてくる星の朝 今は河になれない小川だけれど

薄とふスイッチ 少し後頭部、そらしてしまふほど 中心はそこ

島はどこ? 目を擦つても見えるのは雲のカタチの期待の埃

人間といふ小動物、あたゝかい光と風とアブク、 本能

選ばうとすれば苺のその次も苺のキャンディ 深呼吸、だよ

観光地は酸つぱい 襟あし冷えて来て、スワン・ボートに涙を描いた

木の床が響かせてゐる悲鳴たち 一小節か、一楽章か

コーダならもう出来ないね 飛び散つたビーズはさらにプリズム放つ

先頭が見えないわけが直線と言ふのであれば 脱走でなく

風化あるいは腐敗に至る道のりは透明マニキュア 後も前だ

地の熱で化石の卵が目を覚ます ウラシマタラウにならない予防

境界は境界のまゝ カテゴリーの棚も全部がひとつで全部

泣けるほど、弾けちやうほど暖流がゆく それだつて表面張力

嵌め殺しの窓でした さう真実は木箱の中の真綿つてこと

抱きしめてゐます、わたしを 天に星、地に砂といふ愛しい無力

運命の車輪といふより糸車、あるいはスープ、ステンドグラス

トネリコの根つこのヒゲの先つちよでゐたいと思ふ わたしはわたし

河でした、箱庭でした、地球儀にラゝバイ、謡ふ これが絶唱

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