心象万華鏡・25/短歌

ゆつくりと去つてゆく夜 朝陽より早くこの身を発芽させなきや

サトイモの葉つぱのうへのしづく ほら、泣けないぢやない、泣かないんだよ

逆さまでモップが乾かされてゐて もつと優しくできたのにつて

川底はジャングル そよいでも流されない、と藻のレジスタンス

サンダルの踵がとれてしまふまで、ひたすら闊歩 知らない街だ

哀しみといふのではなく何だらう? 琵琶湖にじつと訴へられて

雲越しになんとか見える太陽の輪郭 すこし落ち着けたんだね

みづうみが深い 聳える断崖の島、神様が植ゑたんだつた

金色のおほきなトカゲ まだ待つて、もう少しだけ昔を話して

竹生島 思ひ出したよ、一度来た あの病室のうたゝ寝中に

琵琶湖つて鏡なんだね 空も雲も映すどでかい八咫の御鏡

  船が往く 見える別れは酸つぱくて、すぐに帰れる距離だとしても
 
  魚たち、もうバレちやつた とほい日はさうだよ、わたしも古代魚だつたの

  サラスバティ、水神そして芸の神 わたしの中を流れる、滴る
 
  鬼やんま こんな旅先、このけふに会へた偶然、半分こしよう

  古ぼけた、帽子を被つたポスト いつもさうして時を見送つてくれるのね
  
  ふいに響く「仏の御手に抱かれて」 唱和しますね 弁天の加護
 
  歌によるちひさな高揚、分かち合ふあなたもあなたも知らない誰か
 
額田、憶良、人麻呂、赤人、家持よ この今様もあなたの末裔
 
生きてゐる 歌の魂、身に宿す人らが生きてゐる、この国に
  
  人といふ同胞たちよ 口依せてそのくちびるで歌、紡ぐものよ
 
さゝやかな坩堝が風の柱になる 歌とふ命、舞ひ降りて積もる
  
  琵琶といふこの象徴が繋ぐ点 見えない弦がきりきり張られる
  
  朱のてすり 参道つまり産道に悠かな不安、預けたとふこと
 
夕映えのマザーレイクは光の橋 いつか渡つた、いつか渡るよ
 
伊吹山が見える わたしの空だから白鳥一羽、まだ啼いてゐる
  
  足首の白いひとすぢ、灼け残り この夏といふ奇跡の烙印
 
地球照、すなはち合はせ鏡 さう、その手が拭ふ汗の故郷

夜の河は夜の海より惨くつてさすつてゐたい、そばにしやがんで

のつぽビル、独りでぽつん 痛くない、ちゝんぷいぷい、ほら痛くない

空つぽの柩が連結 終電の一本前でどこに帰らう

  効き過ぎた冷房、車窓に冬が来て ナットが外れたボルトの気持ち

食べられる為ぢや最初はなかつたよね 葉も実も根に茎、人間でごめん

いまだつてずつと怖いよ この舟の舳先のあたりがとつても怖い

  知らないでゐられた日々が蛇口から洩れてしまふね もう戸は開いた
 
  巻尺はどうか仕舞つて 変はらない、差し伸べ方が変はつたゞけで

くびすぢが気づいてゐます 昇るだけエレベーターは下るのでせう

  あつたかい地点がほしいことなんて罪ぢやないから ゼンマイ時計

退化してしまつていゝと思ふとき、自分が卑怯と思へた 「進めっ!!」

アルピノ種、そんなに目立つて生きづらくない? 天からの使ひぢやないのに
 
ひとつづゝこの手に集ふ実感があなたの形見 うん、普通ぢやないね
 
  石鹸の匂ひ、してゐた 襟足のとくんとくんといふ波だつたね
 
  難しいこと、ほつぽつて泣き笑ひ 望遠鏡は近くが見えない

  わたしとふ劣性遺伝はレッドデータ たつぷり生きよう、もつとじつくり
  
現在は太古の延長線上で未来も太古 終はらない円舞

八月の栗の実といふ反逆よ みるいまんまで爆ぜろ、はみだせ

ひと茎の稲をたゞたゞ掻き抱いて、くちづけてもう眠つてもいゝ

  黄金に地上の波が染まり、うねる 土は母、陽は父だ、と陣痛

種の進化を子宮でなぞる胎児、四季をひと日もなぞる 秋が秋です

  空も海も地面もみんな「いゝこ、いゝこ」 さあ、わたくしの中へおいでよ


































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