心象万華鏡・24/短歌

海底で見上げた空中庭園は結晶となる かりん、と噛んだ

策謀が背中をゆつくり這ふやうに紅をさす指 踵が熱い

夜這星、啼くやうになほ降るならば迷はず赤道直下を目指せ 

由縁などもはや問はうと思はない ゐる地こそこゝ、こゝこそがこゝ 

かつて空の欠片をひとつだけそつと睫毛に載せた あの金環食

数へ歌、謡ひ連ねて幾億も幾兆も けふ諳んじられた

盛るほど残り少なくなつてゆく 篝火のもと果てる羽衣 

ガンガーの岸辺に積もる灰、手繰りわたしの中に尋ねたいけど

天空を支へる柱 脈打つてゐる手首より風が生まれる 

削るなら骨しかなくて 風化とか侵蝕とかに焦がれて眠る 

晴れ間なら行つてしまつた 今頃は有史以前の海に浮かんで 

相似でも相違でもなく ひとつぶが遍くやうな光、臨月 

ガネーシャの命は垢の塊で 血と肉だつて、どこまでも熱 

肌を裂く 滴るはずの血はなくて滲み出てゐる調べだけ吸ふ 

モンスーン 聖なる魔物が集ふ夜はたゞ土だけを握つてゐたよ

海に降る雪、砂漠へと堕ちる雨 仄かに酸つぱい心の端つこ
 
なで肩をするんとストラップが滑る 隠れてゐないで、いたいけな秋
 
見えるから見えない、あるからないのです 青銅を負ふ小箱よ開け
 
てのひらに一面の空 抱くことは抱かれるといふ地球の大気

すぐ側で佇んだまゝ 羽根に怪我をしてゐるカラス、でもキレイだよ
 
怖がつちやいけないつてこと わたしには威嚇もしない、優しい夜色
 
ぷくぷくの胸はそんなにあつたかで ハトさんもつと近くにゐよう

気の早い都会の風はもう秋で、半べそをかく前に戻るね
 
沖にゆくほど光る海、泣いてゐる どうしてそんなに吼えてしまふの?
 
棕櫚、蘇鉄、祖国はずつとゝほいけどアンテナだもの 寒くないよね?

すりすりと喉を撫でたいキリン けふ見えない雪が草原に来た

檸檬ひとつ 冷めたい重さがほんのりとうなじあたりにまだゐるんです

重力をスリップみたいに着られたら 爪先にある血豆はへつちやら

こんなにも近くの飛沫 てのひらの窪みに仕舞ふやはらかい息

根気だけあるのは判つてゐるんだよ 「明日よおいで、明後日はだめっ」

後れ毛がこつそり笑つてゐる なんで真昼の砂は少しおほきい?
 
土偶にも陰があるから 空よりも、海よりもつと暑かつた日を

今だけは形而上学 わたくしとトウモロコシのこの弁証法

どうせなら花弁よりも萼がいゝ 子供の頃はひ弱だつたよ

痛快といふ哀しさもあることを知つた午前の余韻、田圃に

剥離させるものは過去だ、と空蝉の足りない脚が教へてくれたよ

向かうには凍えたまゝのみづうみの波 縁取りのフリンジ揺れた

こつそりと冷凍庫へと片付けた、炭酸みたいに怯えたコゝロ

車窓から乗り出してみる 知つてゐた? 世界はビー玉なんだよ、からん

緊張は最前列でじつと見るチョークの先つちよ 滑走路だね

稀有だつて言はれるくらゐ真つ青な血よ流れてよ、地下水脈に

道端のお地蔵さまに手を振つた 羽根の代はりはスゝキを二本

書いてゐる、空にでつかく波縫ひのやうに点線 朝陽の荒野

美々しさが石榴みたいに弾け飛ぶ さゝくれてゐる指、自慢なの

ゆるさない? ゆるせない? ねえ、本当は案外どつちでもない木陰

自分から飛び込んでゆく 入り江にはウミウシみたいな激情がゐる

テーブルの角の隅つこ、齧つたらとほくとほくの森、笑つたよ

ちよつとだけ専制君主制だとふ小部屋の扉 触つてゐるの

阿りは防衛本能 ほつぺたに引つ掻き傷をわざと残さう

残骸を踏むたび響く悲鳴 もう大人になつてゐるんだけども

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