心象万華鏡・19/仏足石歌

夕映えは遥かな窓のその奥に灯るぬくもり
  掻き抱くやうに 撫で諭すやうに

かさこそと渇いた音の輪唱に侵蝕される
抵抗しようか 受け容れようか
 
爪弾いたチャランゴ いづれ極限を透かし浮き彫る
  彼方とは何処? いつかとはいつ?

指先が確かに触れた目映さは地図から消えた
波間の真珠 谷間の水晶

哀しみはこの胸にある玩具箱 欲しかつたのは
きのふの鞠で けふの鞠ぢやない

進むほどあの穢れなき雪原が捲れあがつて
  踏み荒らされる 踏み荒らしゆく
 
  自己最高タイム更新 その瞬間、味はふものは
  歓びだけど 苦しみだから
 
  積み上げた積み木の塔に残された楽しみ方は
  壊すとふこと 崩すとふこと
 
横暴はメトロノームの正確性 たゞ抱きしめた
  フランスパンと ベッドカバーと
 
  チョコトルテよりモンブラン わざと強く掴むトングは
  刹那の嗜虐 普段の自虐
 
  シンバルを必死に鳴らすチンパンジー ひたむき、それは
  滑稽といふ 悲哀ともいふ
 
  電灯のスイッチの紐 手首から先だけゐるのは
  ギアナ高原 バイカル湖畔
 
きよろきよろと方位磁石が浮気性 それつてつまり
  おいで、蜃気楼 消えろ、幻影
 
  ナイロンの靴下ほどの危うさを宿した睫毛
  瞬きもせず 見開きもせず
 
  意地悪になつて道路にぶつ座る 落書きしたら
  痛いのは道? 辛いのは石?
 
歯ブラシの先が毛羽立つ 歪さに謝る代はりに
  そつとなぞつた やつと抓つた
 
  甦つたばかりのやうな朝のみづ 吸ひ込まれるまゝ
  必死に掬つた 夢中で零した

  歌劇・魔笛 こんなに叫びたがるのも当然でせう?
  呑みこめないもの 吐き出せないもの
 
繋ぐ手のあまりに脆い確かさが鏡に映る
  消さない痣と 溶けた氷と

カルディの山羊が昂ぶり踊るやうに鳴らす靴音
鼓動より速く 呼吸より遅く

あくびするみたいに泣いてしまひます だつて段ボール
  スカスカだから ギチギチだもの

  首からした、だけが土偶になつたから喜び勇んで
のしのしジャンプ ふわふわ尻餅
 
  バックミラー、遠ざかりゆく夏がある 苺ミルクは
  やんはり潰さう ほんのり零さう
 
  キャンバスにうすく平らに塗す砂 逆廻りする
  衛星軌道 体内時計

先端がちひさく欠けた 崩壊は完成体の
恍惚のやうに 嫌悪のやうに

揺れてゐる蝋燭の火を吸ひ込んで影法師また
くすくす笑ふ ちりちり焦げる

耐へてゐるつもりなんてない 目の前の庭の広さは
おほきいだらう ちひさいだらう
 
遠慮がちに天道虫がいきり立つ 立ち幅跳びは
歩幅一歩分 プール一個分

不十分と不満足との真ん中で石蹴りをする
あともうちよつと まだまだぜんぜん

すれ違ひざまに受け取る痛みとか記憶だとかは
内緒のまゝで 気づかぬふりで

真直ぐに書けない線はいじけ虫 添へてゐる手に
満ちる音階 涸れる色調

天上にひらく蓮華が綯ひ交ぜの未来、恨んで
縮こまる海 伸びあがる土

ノロマだけど、心配性のモモンガが旋回したら
  家へ帰らう ご飯食べよう
 
「もしもし」はお天気占ひそのもので、怖がらないで
  明日の吹雪も 昨日の日照りも
   
遠浅の海に夜霧が潤んだら、人のカタチを
投げ出す、波に 捨て去る、空に



BACK  NEXT